ダイエーで買ってきた「エロティクス・f」最新号。
私たちのヰタ・セクスアリス、という創刊50号記念特集で、はじめて性を感じた作品(ジャンル不問)についてそうそうたる作家さんたちが回想していました。
不二子ちゃんやマチコ先生、永井豪作品などは予想通り鉄板でしたが、
複数人が挙げていて意外だったのは、メーテル串刺しです。
銀河鉄道999・第八話の舞台は、絶対に降りてはいけない暗黒星メフィスト。
例によって降りちゃった鉄郎に襲いかかる黒騎士、庇うメーテル。
で、おなかに黒騎士の放ったぶっとい槍がぐっさーと刺さってるメーテルが1ページぶち抜きで描かれています。
999は愛読しており、数々の愛する場面あれどここには特に何も感じず、戦いの1コマとしてスルーしていました。
が、確かに、
串刺しにされたメーテルの表情とか、「あああ」というセリフとか、いたいけなつぼみに戻ったつもりで読み返してみるとあらふしぎ。とても官能的なのでした。
エロをエロとしてそのまんま描いたものに興奮させられるのは当たり前なのですが、
それとはまた違う
「発見しちゃったエロ」の衝撃を思い出しました。
一見、エロとして存在してないところに感じてしまったエロスというのは、
いわば自分であみだしたイヤラシイことなわけで、
背徳感ももひとしおです。もちろん友達だからっておいそれと言えやしません。
だからこそ、うしろめたさとある種の美しさをともなって、
思い出そうとしてもはっきりとは思い出せない心の深い部分に、いつまでも刻まれてしまうものなのでしょうか。
道で拾ったエロトピア(最近は落ちてないですね)で盛り上がるつぼみちゃん達も、それぞれの心には誰にも秘密の小箱を持っているのです。
何だか青酸っぱいノスタルジーを感じ、私も小箱を探してみましたが、
エロ無きところにエロを見た遠い日のめばえはよみがえらず・・・
ふと思い出した、ど直球の「やる気まんまん」を思わず読み返してしまった昼下がりでした。