
明日は十五夜。
月にお供えするのは喜月庵のお団子と、4Fの花壇に夏過ぎから生えてくる、なんだかもけもけした穂が出る植物と決まっている。
今年は当日の空模様が怪しいらしいので残念だなと思っていたら、お昼をまわったころ
「ちょっとお使いに行っておいで。」
と、師匠がわがままを言い出した。
外は早くも曇り出し、そのくせ蒸し暑い。
夕立でも降れば涼しくなるのに、その気配はない。
師匠は全開にした窓を背に、ばたばたと団扇をつかっている。
「・・・手みやげはやっぱり桃ですか?」
一応きいてみると、わかりきったこと、という風に頷いて
「そら、この風呂敷に包んでいくといい。」
高級完熟白桃と蛸唐草の風呂敷が現れた。
仙人のくせに、このひとは自分の欲望に忠実すぎる。
しかたがないので用意された完熟桃を慎重に包み、背中にしょった。
「行って参ります。」
ぐずぐずしていてもしょうがない。屋上に出る。一番近くの雲まで助走を着けて飛び上がり、勢いを着けて一気に月までかけのぼった。
月の宮に着くと、相変わらず無表情な見張りやら話のくどい博士やら調子のいい役人やら、あれやこれやを蹴散らして、とにもかくにも用事を果たす。
師匠の文が一足早く月の姫君の手に届いていたのが、腹立たしいじゃないか。
だったら桃も一緒に送ったらいいだろう?
「ただ今戻りました。」
地上に着くともう夜だ。
「おかえり。上の様子はどうだった?」
「喜んでいましたよ。」
「それは良かった。」
空にはほんのり欠けた月がかかっている。
きっと今頃、月のうさぎ達は賄賂に驚喜しているに違いない。
「秋の虫の音が聞こえるね。」
師匠は満足そうにつぶやいたけれど、わたしの耳にはうさぎ達の舌鼓の音が聞こえるようだった。
