
先頃たまたま、「犯罪の昭和史」だの「明治・大正・昭和 事件 犯罪大事典」
などという物騒な本ばかり買ってパラパラとめくっていた間に
耳目を驚かす事件が次々に起こった。
うちにはテレビがないのだが、事件についてのネットの情報を読んでみたり
上記の本の内容などを合わせて考えていてふと思ったのは、
感情移入できる犯罪とできない犯罪があり、それが人によって著しく違う、
ということと、それも事件の軽重とも関係ない、ということだった。
テレビの犯罪に関する番組が百花繚乱のごとき体をなすのはそのためだろう。
「犯罪」そのものよりも「犯罪に関する言説」の方が世相を反映している気がする。
実際、西鉄バスジャック事件の後数ヶ月間は、「朝まで生テレビ」でも
ほぼ毎月、少年犯罪をテーマにしていた。
その頃は僕もテレビを持っていたので見ていたのだが。
たまたま6月の最初の週始めは、本業の方の仕事で東京にいっていて
さいたま市の「運動会盗撮事件」と「川越立てこもり事件」のニュースに接した。
その日の夜、暇だったので秋葉原をぶらついてきたのだが
京都に戻ってきて数日後に、あの無差別殺傷事件が起こった。
これらに関してあくまで「僕個人」の感じ方なのだが
まず「運動会盗撮事件」。
この場合、容疑者に前科があったので結果オーライのようになったが
「建造物侵入」というのはどんなものなんだろうか。
例えば、僕がカメラを持ってぶらぶらしている時に
「あぁ、運動会やってんや」と立ち寄って写真を撮っていれば捕まるんだろうか。
別に僕は「そちら」の趣味はないが、運動会なら子供を撮らないと意味がないし、
運動会なんだから、みんな体操服に決まっている。
確かにこの容疑者の作った「クラブきっず」なるサイト自体は
非常識には違いないが、今回の件に関しては
マスコミのように単純にこの元教諭を弾劾する気にはなれない。
というより、無罪のマスコミなどいないのではないか。
「川越立てこもり事件」に関しては、残念ながら
僕は全く同情も共感もできない。
「臭い飯」でも、八十八の手間がかけられ、かつ血税によって用意された
ありがたいものである。感謝して食して頂きたい。
秋葉原の事件はさすがに頭を抱えるし、ネット上でも
賛否両論・毀誉褒貶おびただしい。
もちろん、あれだけの凶行を働いた人間である。
トラックで突っ込んで逮捕されるまで、たった2分だったらしいが
それで17人の殺傷。
いくら変わり者の僕でも、彼を弁護する気など毛頭ない。
ないのだが、携帯サイトに書き込んだとされる文章を読むと
虚しくなってくる。
僕と彼の違いは何だ。
実は僕もかつてフリーター時代があり、派遣会社に登録していたことがある。
とはいえ、別のアルバイトをしていたこともあり
派遣(といっても引っ越しや倉庫内の搬入・搬出ばかりだったが)の
仕事はそんなには行っていない。
むしろ、正社員ではない故の、そうした融通が利くことや、気軽さという
メリットが大きかったため、待遇などは気にしたことはなかった。
当時は、他に目的がある人または就職活動中の人などが、
「とりあえず・さしあたって」生活費を捻出するため、あるいは、
短期でやっている人が多かった印象があるため
僕も「派遣」に悪いイメージは持っていなかったのだが
最近は、「派遣」といっても労働条件はフルタイムに近く、
かつ低賃金を承知の雇用契約、というのであれば話は別である。
僕は本来、社会が悪い、という論調はあまり好きではない。
永山則夫や永田洋子の手記などを手にとったこともあるが
あまりの言い訳がましさにうんざりして、数ページも読まずに
投げ出したことがあるぐらいだ。
またこの加藤智大の場合、転職歴もいくつかあるらしく
彼自身の性格にも問題はあるらしいので、尚更社会が悪い、とは言いにくい。
彼女がいないのは顔のせい、と言っているが
カラオケでアニメソングばかり歌われたんでは、女性だって困るだろう。
が、そういう個人の「資質」はおくとしても、
どうも企業側の搾取の論理と若年層の弱みにつけこんだような
現行の派遣の実態からすると、起こるべきして起こった事件のような気もする。
この辺の事情は僕の駄文より、こちら
マガジン9条?雨宮処凜がゆく!?(057)
天漢日乗秋葉原通り魔殺傷事件(その9)「加藤の乱」
世に倦む日日 : 彼女がいない - 加藤智大の自虐ひがみモノローグと新自由主義
が興味深かったのでご参照のほどを。
今は「消費者優先」の思想のもと、商品の値段はどんどん下げる。
値段を下げれば、コストも下げざるを得ない。
そのためには、材料の低質化と人件費の削減である。
しかし、給料は下げる、時間は増やす、仕事はきっちりしろ、
ところが出来る商品は三流品、で誰がまともに働くか。
加えて、「普段はおとなしくて誰からも好かれそう」という同僚の話だが
おとなしいことにつけこんで、調子にのらなかったか。
何もいわない人間だから、クビにしてもこっちは安全、と
人をコケにしたことをしなかったか。
怒鳴り声がした、というのがさも異常の兆候であるかのように扱った番組の映像が
ネットに上がっていたが、普段おとなしいやつが怒ってはいけないのか。
おとなしく見えるのは、許容の範囲が広いから普段怒らない、にすぎない。
許容範囲が広くても、それを超えれば怒るに決まってるではないか。
両親との確執も報道されており、家族間でも
まともなコミュニケーションはなかった、と思われる。
僕も家ではタンツボのような役割だったから、その状況は理解できるし、
性格も多分似たところがあると思う。アニメには興味ないが。
この手の事件が起こると、「悩みをわかってやれなかった」という
周囲の人間のコメントがでてくるが、だいたいは
「普段はおとなしい人」というのは、当人の怒りや苦しみは
周囲の人間には「無い」ものとして扱われる。
なぜなら、「それ」を見たくないから。
怒りや苦しみを主張しても、まず耳をふさぐか、何も言うな、と手で払うか
笑い飛ばしてすますか、だろう。なめた話だが、僕の実体験でもある。
怒りや苦しみを「見えない」相手に「見える」ようにするには、
何よりも「見ざるを得ない」状態までもっていかなければならない。
その方法として一番効果的なのが「笑い事ではすまない状態」を作り出すことである。
だから、本当にとんでもない事件が起こるのだ。
僕が自殺も殺人もしでかさなかったのは単にラッキーだったからである。
そうする度胸がなかったことも含めて。

暴走族だのヤクザだのといった事件には興味ないが
「おとなしい人がキれて…」という事件は人事とは思えず
いい加減なテレビなどは見ないものの、
ある程度まとまった形で本になったものを読むとすれば、
だいたい「少年Aもの」だ。
今回のように、犯行そのものには全く共感し得ないものの、
そこに至るまでの精神状態が追体験できる人間としては
あり得たかもしれない自分の姿、のような気がして
いつも身につまされる思いになる。
ところで、今から怖いのは模倣犯や連鎖事件だろうが、もう一つ心配なのは
秋葉原周辺の警察によるオタク狩りだ。
なぜかオタクを職質している警官の映像をネットで何回か見たことがある。
何のための職質か、さっぱり見当がつかないのだが、
たかだかオタクだの路上パフォーマンスごときを捕まえて偉そうにしているくせに
ナイフ一本の犯人捕まえるのに、警棒落としたり、
拳銃出してナイフを離したところをお縄、
というのではあまり格好のいいものではない。
うさ晴らしに、この事件を機に傲岸な警官が増える可能性もあるので、
気をつけられたし。