
チェリビダッケという指揮者は、音楽コンクールというものを批難して
こう言ったそうである。
だいたい、とかく文句をつけたがる輩というのは、この手の
「文句いう資格がなさそう」なのが多いのだが、
与野党のネット規制法案の動きを見ていて一番にそう思った。
http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/f9a907ff7686abe56706da31d1932c5a
民主党の法案をちょろっと見てみたが、なんと大雑把な話か。
実務的な事を考えれば疑問符だらけである。
どうせこんな法案を考えてる現場知らずの人間は、他人にこうしろ、と要求するだけで
自分で実務をやるわけではないだろうから、理屈を並べて悦に浸っているんだろうが
とても実効性があるとは思われない。
フィルタリングソフトウェアのプレインストールって、
自作PCでLinux 入れてるやつはどうなるんだ?
PC-UNIXまで規制するんじゃないだろうな。
そんな知識のある人間なら尚更こんな法案など意味がない。
だからこそ力で規制するんだろうか。
別にここで言論・思想の弾圧だとか、表現の自由などを議論する気はない。
そんな話をする以前に、事の重大さに対して、あまりにもいい加減ではあるまいか。
僕の印象でしかないのだが、政治家や官僚というのは頭はいいのかもしれないが
文系知識で思考回路が完結しているのだろう。
文系による理系叩きとまでは言わないが、そもそもインターネットに国境がない、ということ自体分かってなさそうでないか。
まさか、webサイトのコンテンツはPCの中に入ってる、
(昔テレビの中に人が入っていると思った人がいるように)
などと思ってる人間はいない、と信じたいところだが
あやしいものである。
それどころか「青少年保護」という名目がついているものの、
ご老体が自分のわからないものを否定したがってる、とすら思える。
2・3年前は、FMラジオでDJが年金に関する説明をし、国がやってるから安心と繰り返し
「一人の勝手はみんなの迷惑」などというCMまで
頻繁に流していたにもかかわらず、
社会保険庁のズボラが明るみにでてから一切年金の話題が出なくなったのは
笑止としか言いようがない。
「青少年健全育成推進委員会」やらホットラインやらが、
彼らと違う人種だ、と断言できるのか。
もっと重要なことは、そもそも「パーソナル・コンピュータ」なるものは、
こうした一元管理型権力体制に対するアンチとして生まれたものだ。
「パーソナル・コンピュータ」という言葉を作ったAppleが
1984年に作ったCMを見ればわかるだろう。
カウンターカルチャーの申し子達は巨大な権力や資本からの解放をめざした。
自由ということは何よりも「自律」的であらねばならない、ということだ。
僕なんかは管理や支配などしたくもないし、されたくもない、という人間だから
こうした精神は理解できるし、今のPC-UNIXの世界にはあこがれすらある。
(うちのMacにLinux入れたことはあるんだが、僕の頭では無理だった…)
ところが「管理したがる人間」がいる、ということは
それに対応するだけの「管理されたがる人間」もいる、ということでもある。
また、僕はMacを買ってネットを始めて10年ちかくになるが
残念なことに、以前なら自明のことだったネット利用のマナーも
利用者の激増に伴って相当悪化し、同時につまらぬトラブルも増えたようだ。
一生懸命「パソコン」を開発したり活用してきた人達の「理念」は
現実的には通用しなかった。
なので、牧歌的に「ネットに規制は一切不要」とはいえないのだが
ネットの技術発展に何の貢献もしなかったどころか、恐ろしく遅れた来た後で
さあ私が来たからには取り締まりましょう、などと邪魔しかしないような
連中に政治家などやって欲しくはない。
青少年とネット?
ならばまず、こちらが心構え第一段だ。
http://cruel.org/freeware/hacker.html