本橋ゆうこ

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ecology=生物と環境の間の相互作用を扱う学問

知識・情報


…そろそろグリーンキャンペーン?も終わりましたよね?ということで…(笑)

エコロジーの語源、なんだそうですよ。生物学の一分野としての「生態学」。


↓↓以下、ネットでちょろっと調べてみたところ。

生物は環境に影響を与え、環境は生物に影響を与える。生態学研究の主要な関心は、生物個体の分布や数に、そしてこれらがいかに環境に影響されるかにある。ここでの
「環境」とは、気候や地質など非生物的な環境と生物的環境を含んでいる。わかりやすく言い換えるならば、生物界における"歴史学"が進化論なら、"経済学"にあたるのが生態学である。(出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)


「生物学における”歴史学”が進化論なら、”経済学”にあたるのが生態学」ってところが個人的に興味深いです。歴史も経済もどっちも最近興味あるもんで。

…しかしまぁ、いま現在「エコ」って言ってまさか「生態学」なんていう19世紀以来の伝統的な学問体系を思い浮かべながら使ってる人はいないよなぁ(苦笑)。
なんでコレがそうなってアレなんでしょうかね?世の中謎だらけです。。

そのへんの言葉の厳密な定義はともかく、我々が今の文脈で使ってる「エコ」というのは、さらっと要約すると「資源やエネルギーが無駄遣いじゃない」「地球環境に良さそう」というくらいの意味ですよね。
まあ遠くないだろうとは思います。間違った考えでないとも。


ただ。
私個人にとっての「エコロジー」を述べよ、と言われると、それは別に商品としてのエコバックを買って持つことや、マイはしをカバンに入れて歩くこと等を必ずしも指していない。(それが悪いとは全然言いませんよ?)

それは、恐らく語源の方のecologyに近いかも知れませんが、


「見究めようとする意志」


そのもの、と言えるのかなと。
何を見究めるのかというと、それはもう「全てを」です。

「これが、このような姿に至ったのは何故か?」「何故そうでなければならなかったのか?」という根源的で本質的な問い、を執拗に追い求めること。歴史も、経済も、文化も、教育も、家族も、個人も、思想も夢もシュミも全てがそこには含まれ得る。
「真理」を追求すること、と言ったら少し大げさになるのかなぁ…(照)。
でも、そんな感じです。


生物に例えると、「○○の生態」と言った時、それは

・どこから派生した種の
・どのくらいの個体数が
・どんな場所に暮らしていて
・どんな物質から栄養を取り
・どんな物質を体外に排出し
・どのような繁殖方法で
・どのくらいの期間生きるのか

こういったようなことを通常、調査の対象とするのだろうと思います。

とても極端で面白い例をあげると、例えば深海の火山噴出孔の周辺にはメタンガスを主たる栄養源とする世にも奇妙な生き物が生息しています。外見的にも、目はおろか内臓もあるんだか無いんだかよくわからないという珍妙さ。でも、生きてます。
その周囲を調べてみると、他にも体の表面が本物の金属(!)になっているSFの宇宙生物みたいな甲殻類的なのもいます。

こういうオカシな連中は数億年の歴史を持つ深~い洞窟の奥深くなんかでも、例えば美しい純白のレース編みのようにキラキラと連なって垂れ下がる細菌のカタマリ…のように、時々発見されています。(当人?達にとっては”発見”も何もないでしょうが。。笑)これ、きれいだからと触ったりすると分泌物の硫酸に溶かされます。

恐らく、知られていないだけでまだこの地球上には、たくさんたくさんこういう摩訶不思議な生態を持つ人類の知らない生物が存在しているのでしょう。
想像すると何だかわくわくしますね♪(え?私がヘンなんですか??汗)


…このように、「生態」というものを考えると、それはまさにその生物が長年置かれてきた環境に応じて千差万別であり、百花繚乱の進化の見本市のようなものであると言えるでしょう。
そしてそれは、とりもなおさず「地球という環境の豊穣さ」の証拠であるとも。
多様性というのは豊かさそのものですから。


では、なんでその「生態」をいろいろ考えることがお前にとって「エコ」なんだ?という話になりますが。

まぁよく考えてみて下さい。

人間も生物です。
地球上のいろいろな環境に適応して、これまで数千年も生きてきました。(原人とか入れると数百万年単位になりますが)
当然、環境はいろいろです。
豊かな土地もあれば、生物にとって厳しい土地もある。その「暮らしやすさ」に応じて、その土地が養える生き物の定数もだいたい決まってきたのです。

ところが、その世界中の異なる環境に「一律に同じ豊かさの基準」を当てはめ、同じような暮らしを持ち込もうとした。

それが19世紀の欧米で起こった産業革命以来の、人類文明のありかたです。


世界中どこに旅行してもマックとスタバとインターネット・スポットがある。
熱帯から寒冷地に移動しても、エアコンによって室内温度は常に22度前後。
乾燥地帯の広大な農地で、大量の水を必要とする小麦などの作物を作る。
牛肉を、あるいは巨大なマグロを食うために大量の燃料を費やして輸入する。
たった10分ていどしか離れていないコンビニに行くために、自動車に乗る。

東南アジアの国とかに行くとよく「病気になりそうなほど寒い(冷房が)」とか言われてますが、あれも元をただせば湿度の高い熱帯気候の中で欧米式のスーツを身につけるために、であるような気もします。

つまり「適さないスタイル」を通すから、無理が生じ、無駄が出る。


無理、無駄はエネルギーの面でも考えられます。

日本のようなほとんど資源の埋蔵量が無い国でありながら、どうして化石燃料を必要としないエネルギーシステムになかなか移行できないのか?
「大規模発電でないと効率・安定性が保証できないから」
というのは、もはや言い訳にもなりませんよね。これほど原油価格が上がってると。

似てるかどうかわかりませんが。大昔、SFなんかに出てくるコンピュータは「マザーコンピュータ」といって巨大なスーパーコンピュータ的なたった一台の超高性能なマシンが全てを管理、運用するのが理想だと考えられていた。それだけコンピュータが貴重だったのですね。
では、今はどうなっているのか?
私はそちら方面の専門家ではないのであまり突っ込んだことは語ることは出来ませんが、でもそんな私程度の人間でも、今のネット社会が「たった一台の巨大なマザーコンピュータ」に支えられているのではない、ということくらいはわかります。
聞くところによると、かのグーグルのサーバは世界中に分散していて、そのサーバ群が常に連携しあってあの超巨大なシステムを稼動しているのだそうです。
(すいません、うろ覚えなんで違ってたら誰か訂正して下さい。。)

同じようなことが、どうして電力などの分野では出来ないというのか?
ある巨大な一箇所で作られた大量の電気エネルギー、しかしそれは遠方の使用者に届くまでに膨大なロスを生み、そこに達するまでのインフラもそれこそ巨大です。

もっと使用者のすぐ近くで、自分の家の屋根で発電して自分の家族の使用分くらいはまかなえるようにする…どうしてそうならないのか?余りを売るとか?
やはりそれでは安定供給に問題がある、と電力各社は言います。
では一つの発電方法に頼り切るのではなく複数組み合わせてはどうか?とか。

さらにそれ以前に、もっと住空間自体の断熱性(新素材の断熱ガラス等)向上、家電まわりの熱効率の向上、省電力化…そういうのを推し進めたらどうなのか?
案外まかなえちゃったりするんじゃないのか?

…そうならないのは、既存の利益団体にとって得にならないから、なのでは…?


このあたりまで考えてきたところで、歴史との関わりが出て来ます。

かつて日本も、他の多くの国でも、エネルギー資源をめぐって多くの悲惨な戦争が起こりました。
大規模な戦争は、国民感情同士の憎しみが起こす、ように思われがちですが、実際には、現実的な利害関係のほうが大きいようです。
つまり、食えない、困る、となりから奪る―という太古からのパターンです。

大日本帝国は石炭・鉄鉱石などの資源を求めて中国東北部に侵攻し、またアメリカに禁輸措置を取られた重油を求めて東南アジアに侵攻した。
その結果が、あの無残極まりない敗戦でした…。

エネルギー政策は、国家の存亡を左右するほどの大問題なのです。
だから、これほどまでに紛糾し、利害が衝突しあってなかなかことが進まない。


本当の本当に重要なことは、エコバックやマイはしのレベルではない、はずです。

しかし、それを言うのは余りに途方も無く、困難なので、問題を小さくて簡単なことに入れ込んで、どうやら収まったフリ、を皆でしているだけなのでしょう。
逆に言うと、我々に出来るのはそのレベルくらいしかないとも言えるのかも。。

「真理」はどこにあるのか?を、忘れたフリをしてるような気がする。



また、昨今の「エコ・ブーム」とイコールで結ばれてる感のある「地球温暖化」という用語ですが。
これについても、まだ各分野の学者達の間では見解が分かれているところがあるのだそうです。

もっともショッキング?な説では、

「地球はそう遠くない将来に寒冷化する」

というのもあります。
こういって警鐘を鳴らしているのは、天文学者です。
彼らは常に、惑星・恒星の世界の単位、数億年のスパンで物事を見る。
その説によると、「現在の我々人類が繁栄しているのは、地球全体の活動で見たら間氷期、つまり氷河期と氷河期の間のほんのわずかな小春日和に過ぎない」もので、その間氷期としても既に地球の歴史上、異常なほどに長い期間が経過していて、いつまた氷期に移行してもおかしくないのだとか。

もしそうなった時、つまり寒冷化した場合というのは、温暖化の場合とは比べものにならないくらいの化石燃料を消費する(暖房需要ですね)が、今のペースで石油を浪費し続ければもう数十年という限度で世界中の石油は枯渇する。そうなったら、人類が地球上で生きられる範囲ははるかに狭まることになり、文明は崩壊するだろう…。
だから、今ある化石燃料を出来るだけ細々と食いつなぎながら、その間に大急ぎで全世界的に再生可能エネルギー・低炭素社会への移行を図らねばならないのだ、と。

「寒冷化」の可能性については、海洋学者の一部も言っています。例えばメキシコ湾流の変化、もしくは消滅によって将来、全ヨーロッパは”シベリア化”するとか。
※説明するともの凄く長くなるのでこれらの説の詳細はここでは省きますが。。


注意しなければいけないのは、これらの説を唱える科学者たちが「…だから温暖化なんてほっとけば良いんだよ」なんてことは微塵も言ってない、ということです。

むしろ彼らは非常に大きな危惧を抱いている。

それは、「あまりに性急に”ある現象の犯人探し”をして、まだ検証途中の結果にたいして一喜一憂しすぎること」を警戒しているのです。

温暖化=CO2、と単純に図式化し過ぎることで、ではそれを覆すような調査結果が現れた時に果たしてどうなるのか?
CO2は大して減らせていないのに、仮に寒冷化の兆候が現れてきたりしたとして、そのことが人々に「科学への決定的な不信感」を抱かせはしないか?
自分たちはそれを最も恐れている、と言っていました。

もっと冷静に視野を広く。未知のことに対して慎重に。自然に畏れを持て。

あまりにも性急に答えを求めすぎるのは、かえって危険だ、ということです。



生きものが、どんな姿をして、どんなありかたで生きているのか。

それを考えることが「生態」であるとして、では人類は今、どんな「生態」を持っていると言えるだろうか?

底無しの欲望。
途方もない無駄。
自然への横暴。
共感の欠如。
経験や、知性に対する蔑視。
異なる個性の圧殺。
未来に対する怠慢…。


我々人類が、何を「栄養」とし、何を「排出」して生きるのか。
この地球上で、どのような「生態」を持った存在として振舞おうとするのか。

これからもずっと、大量の「石油」を食って、「退廃」と「憎しみ」を排出して生きるのか?

真に問われているのは、極論すると、そういうことです。


そうした生物としての大きな大きな仕組みを変える事、それこそが本当の意味での「エコロジー」だろう、と私は考えるのです。


もちろん、目の前の小さな一歩から始めることを無意味だなどとは思いません。
しかし、常にそのずっと奥にある「本質」を見究めようとする姿勢を忘れてはいけないだろう、とも思うのです。

とりわけ、多くの人に思想なりイメージなりを伝播する使命を負うべき表現者は。



何故ならイメージとは、数々の歴史が証明しているように、時として暴力的なまでに強い力を持つ諸刃の「武器」でもあるのだから。



「エコロジー」という言葉。

使うのなら、皆様にもそんな緊張感を持って使って頂きたいと思います。





…とまあ、こんな空気読まないヤツだから友達少ないんだよ。。(爆)

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[12]

嵯峨雅彦様。なんか昨日、猛烈に調子悪かったですねロフトワーク…。お陰でコメントの返事すら書けませんでしたよ。。
確かに、最近のエコ運動はちっちゃいところに走りすぎているような気もしますね。自動車に関しては、じゃあ、化石燃料にこだわらないんだったら、そもそも「あの形」でなくてもいいんじゃ?みたいなとこもありますし。空想してみるとなんかワクワクしますが、でも、やっぱりエンジンのあのごっついフォルムは捨てがたいんだけどな~みたいな…(苦)。それに、エンジン産業は国の科学技術の粋、のような役割もありますから、何かしらは生き残っていくのかな。。
いえいえ、絵描き風情が~なんてことはないと思いますよ。
昨日のカンブリア宮殿で元フェラーリのデザイナーの人が言ってましたが、「自分はナマズだ」と。
ナマズがいけすに入れられると、周りの魚がビックリして騒ぎになって、結果活きがよくなるんだそうです。そうやって人々を驚かせたり、考え込ませたり、大いに刺激することで世の中を少しずつ動かして行くこともできるんじゃないでしょうか?(もちろんやるからにはより良いほうへ動かさなくてはなりませんが)
あと、日本の地方の中小企業が世界に打って出るための「デザイン力」の重要性なんかも語っておられましたね。ほんとに見違えるほど良くなるんですってば!意欲的だな~ああいう人、憧れるな~☆

本橋ゆうこ2008/06/24 11:12:19

[11]

今の環境論の一番の問題は、「小さなことから、簡単なことから」始めよう、
というスローガンが
本当に「小さなこと」しか見えない、それどころか「どんどん小さいこと」ばかりが取り上げられいくようになったおかげで
「エコロジーとは生態学のことなり」という最も本質的なことが
すっ飛ばされてしまってることですよね。

ある時もFMで「身近なエコ」なる話題でリスナーからの意見を募集したところ
「車に乗らない間はバッテリーのケーブルをはずしておく」
なんていうのがあり、DJが「なかなかいい意見ですね。」と感心しているのを
聞いて、椅子からずり落ちそうになったことがあります。
やるのは勝手ですが、そういう風に考えるなら電動自動車が決して
環境にいいわけではない、という理屈になるのが分かってないんです。
(実際に電動自動車を街で見たことがありますが、ほんとにマフラーがないのは新鮮でしたけど)
それ以前にバッテリー本体そのものは石油製品じゃないんでしょうか?
というようなことをこの番組にメールしましたが、採用されませんでした(爆)

割り箸だって所詮は木なんですから燃やして灰にして、畑なりどこぞの山なりに
まいておいても本来の「エコロジー」の意味からは
問題ないはずなんです。
結局本来の「エコ」のための行動ではなく、「エコに取り組んでいる自分の姿」の
ためにやってるから次元の低い話しか出てこないんですよ。

などと言ったところで絵描き風情には環境問題に貢献するなんらの
技術も持っておりません。
せめてアホな市民運動に流されず、本質的に考えることだけはしていきたいと
思います。

嵯峨雅彦2008/06/23 21:31:40

[10]

ココ・パシャンゴ様。ふふふお待ちしておりましたよ…(笑)。環境問題のエキスパートとして!貴重なご意見ありがとうございまする。。養老先生、いつお聞きしても身も蓋も無いすがすがしい方ですね(爆)…やっぱ虫好きだからでしょうか?(←?)
そうなんですよね~。「地球環境のために」というお題目を掲げるとすると、「だったら一番手っ取り早くて理想に最高に近いのは、要するに”人類絶滅”だぜ?!(冷笑)」となってしまう。究極的には、本質はそういうことですから。現状の世界の人口爆発問題とかも、一部でまかり通っている「強者の論理」によれば、「増えすぎた分は下の方で勝手に紛争とか災害とかで”自然調節”されるから放っとこうよ☆」的な意見まであり…もう目の前真っ暗。。(落)
でも、そこを目指してるのでは決してないわけで。。。
人類は、ダメなところもいっぱいある人類として、これからも生存していきたいわけで、しかも出来れば、他の存在とも、地球そのものとも敵対しないあり方を模索して行きたいわけで…。そのための最も現実的なアプローチとして、人間の知性、があるべきだろうと。これを難しい言い方をすると「持続可能な社会」の追求、というのですよね。
仰るとおり日本は、科学や素材産業の技術の面では世界トップレベルを今も走っています。また、食文化の影響なのか?微生物を活用した発酵技術の研究も画期的なものが多くあります。こういう環境問題にも有効な素晴らしい取り組みが、もっともっと広く一般にも知られて、また有用な研究分野に身銭を切って投資している中小の企業や個人の研究室などが、事業としてどんどん伸びる社会にしていかなくてはなりません。
それには、私たち一般市民が「選び取る」という行為が必要です。
選挙の投票と同じことです。「購買」という形を通して良いものや、良いことをしている企業を応援し、育てることが出来ます。資本主義の中で賢く振舞うことが、長い目ではエコになるのです。
しかし、何をもってその「良いこと」や企業、団体を見究めるのかというと、それにはやはり我々自身も少しは勉強しないといけませんよね。※ヨーロッパなどでは「フード・マイレージ」などの制度が既にあり、「この食材を調達するためにどれだけ化石燃料を消費したか?」を数値化したものを参考に、消費者が自分でより値の少ないものを選択して購買するような行動も見られます。環境問題に熱心でない企業は、選択されなくなって来るのです。
エコバックもマイはしも(気分の問題ではあっても)悪いことではないです。けど、その分のちょびっとずつのお金(資金)をもしも回してくれたら、もっと凄い環境改善に有用なことが出来るかもしれないのに~…という場所がたくさんあります。今後は「環境ファンド」などの形ももっと一般的になって行くんでしょうね。
何たって現実には、今でも資本主義の世の中なワケですから。。それも当然計算に入れた上で、図太く立ち回る…青臭い理想の為に!というくらいのクレバーさこそが、カッコイイと思いますね☆(そしてその辺の図太さが日本人には一番欠けているのかも~。。苦笑)

本橋ゆうこ2008/06/23 18:20:53

[9]

とあるエコ番組で養老先生が「いくらエコしたって、日本国民全員が腹を切ったって世界のCO2排出量は1%も減らない」って言ってましたね。
それを見ながら「うは、この人、身も蓋もねぇ!」って思ってました。
確かにエコバックやらマイ箸とかの生ぬるい方法では、とてもとても追いつきません。
やるならば、人類が数百年前の生活に戻るか、人口を減らすしかありません。
・・・無理でしょ。
これを回避するには「人間の知恵」しかありません。
「常温超伝導」とか「燃料電池」とか、たーくさんの技術があります。
もちろん無駄を省いた「摂生」も重要ですけど、本命はこっちでしょう。
多分、みんなが感じている「エコ」への胡散臭さってのは、こういう「技術への投資」
じゃなくて、「摂生」の方にばかりプッシュしてるからじゃないでしょうか?
「でも、こんな事してもジリ貧じゃね?っていうか、それ金儲けじゃね?」
だから、そろそろ「新たなテクノロジーへの投資」という形の「エコ」が前面に押し出さ
れてもいいんじゃないですかね。
多分、これらかの世界の「エコ」潮流は、そちらに傾いていくんじゃないでしょうか。

ココ・パシャンゴ2008/06/23 17:36:54

[8]

嵯峨雅彦様。。はい~何か勢いで勇気を振り絞ってみました(爆)。
確かに江戸時代って世界に冠たる資源再生社会だったらしいですよね!布の端切れから、紙きれから、便所の肥え桶の中身まで買い取る専門業者がいたというのは有名ですが。。今だってやるべきですよね。一部のホテルとか学校給食で、食べ残しの肥料化に取り組んでるそうですが、これだけ輸入飼料の価格が高騰すると、十分市場競争力あるだろうと!
思うに、第二次オイルショックの後、世界で中途半端に石油が安くなり過ぎたんではないかと。あれだけ「困った困った」言ってたくせに、日本とか全然再生可能エネルギー態勢にシフトできませんでしたもんね。。だから今回こそ、逆に言えば最後のチャンスと前向きに捉えて、脱・石油エネルギー、低炭素社会を本気で目指すべきでしょうね。
でも、それを真面目に推し進めて行った先にある産業構造の大転換に、本当に我々みんなが適応できるかというと若干の不安も残るわけですが…。例えば、自動車とかでいうと「本当にエンジンていうものが無くなっても平気?」みたいな。。それは、エンジンに関わる全ての産業が消滅するってことですから。…そう。ちょうど、かつての石炭蒸気機関のように…。(不安)

本橋ゆうこ2008/06/22 22:08:32

[7]

NEKO HOUSE様。え?そうなんですか??(驚)じゃあ、もしかして私もその本どっかで読んだことあるのかな~?(笑)
でも、自然に近づけば近づくほど、人間ってどうしようもなく非力な存在だな~って思うだろうと。。「なんだよ?一人で獲物もとれねーの?」とか絶対ほかの動物に言われてると思う…(苦笑)。

本橋ゆうこ2008/06/22 21:57:13

[6]

遅ればせながら、ちょいとばかし。
エコエコアザトイこの社会でなかなか勇気のいるエントリーですよね。
池田清彦氏はじめ現在の「環境問題論」に疑問を持ってらっしゃる方は
かなりいらっしゃるんですが、まず大衆向けのメディアには出ませんもんね。

何年も前に読んだ中公新書の「現代思想としての環境問題」という本の中に
地球が出来て10億年ぐらいは二酸化炭素の方が多かったにもかかわらず
植物の光合成などで酸素の方が多くなり、二酸化炭素を吸って生きていた
生物が少なくなり、逆に酸素を吸って生きる生物が増えた。

従って、「大気汚染というのが、それまでの生物の生存をおびやかすほど
大気の質が変化すること、と定義するなら、二酸化炭素が減って
酸素が増えたこと自体が最初の大気汚染だった」というようなことが
書いてありました。

温暖化なんて言ったって、恐竜がいた時代はもっと暖かかったわけですから
少々暑かろうが寒かろうが地球は泣きゃしません。
北極の氷が溶けて街が沈むなんて、いいますが、そんな温度になったら
東京が沈没する前に生命体のほうが熱射病でくたばっているでしょう。

ひねくれ者の小生は、お手軽エコってのは好きではないんですが
講談社文庫でいっぱい出てる石川英輔氏の大江戸シリーズでも
読んだ方がよっぽど真っ当でタメになる「エコ」だと思います。

嵯峨雅彦2008/06/22 19:57:50

[5]

もぐ様。度々すみません。
いえ……義務とかそういうのではなく、いろいろ考えさせていただくことがあって、書きたいなあという意味なんですよ?。……ただ、整理できないと、どんどん長くなって、自分でもわけわからなくなってしまうので、ちょっと冷静になる時間をおいて(って、あのコメントのどこが冷静なの?って感じですね)……。
あと、すごいなと思ったのは実際、引用した本ではそんな感じで書いてあるんです。人間は肉食獣のように強い牙もないし、襲われたとき逃げられる速い足もない。肉体的にはとても弱い生き物だから、それを補うものを自分たちで造り出す……といった感じで。でも、おっしゃる通りその造り出した「進歩」や「文明」や「神」や「経済」といったものが、逆に人間を支配したりしてしまうんですよね……

NEKO HOUSE2008/06/22 15:55:04

[4]

NEKO HOUSE様。え~??コメントは義務でも何でもないですから、そんな御気になさらずっ!(汗)こちらこそまとまりのないモノでお恥ずかしい限りです。。。
確かに、問題が大きすぎるんですよねー。ここらへん。。環境問題、っていって個々に調べるだけではとうてい全体像を掴むことはできないと思います。私の場合も、環境とかは全く意識せずにお仕事の原稿とか調べ物とかを通していつのまにか自分の中に蓄積していたものをちょこっと広げているだけのことですし。
「人間は唯一自然に口をきいた生き物だ」って考え方は面白いですね~。。
大胆にも私がそれに付け加えるとしたら(汗)…恐らくそれは、人間が「神」を”発明”したことが一番大きかっただろうと思いますよ。
これまでの文明をざっと見れば、人間が善いことをするにも、悪いことをするにも、そこには常に自ら作り出した「神」の存在が、大きな大きな影のように覆いかぶさっている。※ほぼ同じものを指して「正義」、という呼び方をする場合もありますが
では今の時代はどうなんだ?と言えば。
まさにその「神」が「いないこと」によって重大な影響を与えているとも考えることも出来るし、あるいは、また現代人が新しく開発した「経済」という名の「神」の存在に支配されている、という見方も出来ます。
全て、人間が本来は生物としてとてもとても脆弱な存在であるという事実から来ています。
キリンにとっての”長い首”が、人間にとっては自ら発明するたくさんの道具であったり、「神」の概念、だったりするのだろうと。
あれ~何やら話が違うほうに流れてきちゃったぞ??(苦笑)

本橋ゆうこ2008/06/22 15:16:22

[3]

こんにちは。コメントしたいと思いつつ……なかなか頭が整理できなくて。
1)もぐさん、ある意味(?)とっても時代の空気を読んでいらっしゃると思いますよ。「環境問題」っていう巨大な問題を目の前にして、その全体を考えようとすると、不安でもあり、自分たちの無力さを実感することにもなるので、目の前の自分でも「できること」にその不安や無力さを還元しているというか、とりあえずそこを接点にしがみついている……というところがあると思います。
2)いつも思い出すのが、ある小説にあった「人間は唯一自然に口をきいた(だったかな……)生き物だ」というせりふです。これにはいい意味も悪い意味もあるのですが。
例が変かもしれませんが、よくキリンの首が長くなったのは、下の枝の葉を食べる競争相手が多くて、より高いところの葉を食べられるように変化したみたいな話がありますよね(これもあっているかな?)。こういう風に自分たちを変化させていく。または、葉をさがして他所へ行く。競争相手を排除して、葉を確保しようとする。この辺りまではやると思うんですよ、人間以外の生き物でも(たぶん……)。でも人間の場合、じゃあ、その木を自分たちでたくさん植えようとか、品種改良して葉がもっといっぱい繁るようしようとか、周囲の環境に働きかける行動にもでる……。たしかにそれで一時的に安定して食料を得ることがえきたりとか、よい面もたくさんありますが、環境を変化させることになれば、当然そのことに対する影響がどこかに出てくる……。
3)長くなるので、途中省略で&かなりの暴論ですみませんが、人間という種は、すでに種として生きていく適正規模を越えてしまっているのかもしれない、とも思っています。ただし、だからといって後戻りはできないし。もぐさんがおっしゃるように、新しいモデルが必要なんだと思います。ただ、そうしたモデルが実際にできるのか……そこにたどりつけるのか……そうした不安が1)につながるような気がします。
ごちゃごちゃですみません。子ども向けの本で、環境関係のものや、環境問題が当然でてくる農業や水産業の本とかにも多少かかわったので、そういうなかで考えれば考えるほどわからなくなって、で、食品はできるだけ国産のものを買おうとか、できるだけ買い物袋持参しようとか、冷房は28℃、暖房は18℃とか、そういうところへいってしまった感じなんです……

NEKO HOUSE2008/06/22 14:39:33

[2]

あ。mojiniさんだーお久しぶりです!…そうですね、誰もコメントしてないと一番乗りってキツイですよね(爆)。ちょっとは寂しかったですけど、場にそぐわない暴言を吐いてるわけですから自業自得かなと(笑)。少しは読んでもらえればそれで良いです。。
いやいや熟考だなんて、チョイチョイと書きましたよスイマセン☆
どっちかというと垂れ流し気味なのが自分の文章の方の悪い癖です。ロフトワーク字数制限無いのをいい事に(苦笑)。
仰るとおり、この世界の所有権を人間が専有しているという誤解、これは特に欧米の人に顕著だと思ってたのですが(キリスト教の教義自体がそうですからね)、どうも我々アジア人もこの頃あまり人のことは言えないようです。昔は八百万の神がとか言いましたが。
…私が思うに、人間が「自死=自らを殺す」行為すらも「専有の誤解」から来るのではないかと。
だって、意識だけがこの体を完全に支配してる、と思うわけでしょう?「この自分という意識」が、もう人生は嫌になったといって、勝手に自らを殺す。でも、この肉体が毎日生き続けていく為には、寝てようが気絶してようが、常に働き続ける臓器や、脳や神経細胞や、共生している微生物類や…いろんなものがいっしょくたになってこの存在を支えているわけですよ。「彼ら」の中の何かしらが、例え一日サボっただけで私たちの体は大混乱になる。(=病気。心筋とか下手すると一瞬止まっただけで即死。)そうやって一生懸命に働いて、有形無形に生命を支えてくれている全てのものたちの”悠久の努力”を、たったこの自分の意識ぽっちの存在が、生まれてたかだか十数年とかの「決定」でもって断ち切ってもいっこうに構わない、という。
遺伝子がここに辿り着くまでに何億年の、どれだけの苦労があったことか、ちっとも勉強も何もしてやしない。だから孤独だし、命に価値なんか無いと思い込む。誰からもそういうことを教わっていないからだと思うんです。大人の責任ですよ。って、私もそろそろそっち側になりますが。。(考)
現在の地球環境問題の最大の問題は、そこに「命」を扱っているんだという畏れ、がほとんど無いことではないかと。
人間の「進歩」や「行為」でもって世界をいくらでも都合よく変えていけると思っている。果たして本当にそうでしょうか?
こんな話もあります。乾いた土地に大規模な灌漑設備を作り、大量の肥料をまき、そこでは小麦が周りの何倍も収穫できるようになった。でも、ほどなく地表には白く塩が吹いて畑は完全な不毛の大地になってしまった。日射による水分蒸発量が多すぎる土地に、無理に大量の水をまいたせいです。結局、人々はその土地を捨てた。
そんな土地が、実はいろんな国のかなりの面積にあるそうですよ。
最後には、人類はこの地球も捨てて行くのでしょうか?何処へ行くというのか?
我々はこの惑星という大きな「肉体」の中の、ちっぽけな、歴史の浅い「意識」に過ぎないというのに。

本橋ゆうこ2008/06/22 11:49:33

[1]

うーん、100人以上の方が誰もコメントしてないところへいきなりコメントも難しいー。
もぐさんのイメージ、一新です。イラストレータとばかり思っていましたが、これはもう評論家・文筆家ですね。これだけ長文で考えさせられる文章をチョイチョイと(いや、熟考・推敲を重ねられたんでしょうが)書かれるとは。
四六時中ネットしている私にエコについて述べる資格はないかも知れませんが、私にとってのエコはずばり「ズボラーに徹する」ことくらいですかね。
庭の草取りはしない。わずかな金でたかだか数十年の間人間界で所有権を手に入れたら地表のその部分を自分が支配しているんだと思いこむ思い上がり、ヤだね。どのみち雑草には勝てない、時間の無駄だし。(という言い訳のもとに庭は草ボウボウで近所から後ろ指さされてます)
危険な洗剤を多用する拭き掃除・シンク洗い・便器洗いはしない(かといって掃除機もかけない)。
100円ショップでは自然素材のもの以外は極力買わない。(中国製の安物プラスチックの食品保存容器なんて論外)
ナメクジ・ムカデ・ヘビなどは殺さず逃がす。殺すのは蚊とゴキブリとハエ。これは直接命を脅かされますから。
以上くらいかなー。
この程度のコメントしかできませんがお許しを。

mojuni2008/06/22 10:53:58

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mojuni

2008/09/06

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2008/09/06

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mojuni

2008/09/06

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マンガ家、イラストレーター

本橋ゆうこ

現在、主にウェブサイト上で連載記事につける挿絵イラストなどを作成しています。もの凄~く専門的でムズカシイ内容を「つかみはオッケー!」な手描きアイコンや、マンガ風挿絵でよりわかりやすく、多くの人に読んでもらえるものにしたいと日夜考え続けています。エッセイなど物語性のある挿絵のお仕事が得意です。シリアスなビジネス物からアメコミ調、脱力系、萌え系美少女まで…パスによる似顔絵やコマを割ったマンガなども幅広く作成が可能です。 ネット常時接続の迅速返信、データ入稿も可です。お仕事のご依頼はまず、HPのメールフォームからどうぞ☆

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