
ハイ。また画像と内容あんま関係ありませんっ。
なんか、毎度タイトルはともかくとして…金渡しちゃってるじゃん~この絵?(笑)
別にそういう話ではない、と思うんですが。。アレ?(ってどういう話??)
前々回に引き続き(?)例の電気街での大事件のことに関連して少しだけ書こうと思います。
お時間と興味ある方のみさらりとお読み下さいませ。
連日の報道で少しずつわかってきた事を繋ぎ合わせてる状態ですね。
犯人の当日に至るまでの行動とか、それまでの心理状態(供述による推測の域を出ないが)とか…。
犯罪そのものに関する言及は、まだ情報が断片的すぎる今の段階では、避けるべきだと思うのでここではしません。別の角度から考えようと思います。
それは現代の孤独な若者としての犯人と、ネットのことです。
事件後かなり早い段階から、まるで日記のように彼が一人で書き込み続けていたという掲示板の内容が新聞等に繰り返し取り上げられていました。部分的にせよご覧になった方は多いと思います。
その中に確かこんな内容のくだりがありました。
「ネットを卒業すれば幸せになれるという人がいる
自分の唯一の居場所をなくせというのか
それは、自分に死ねということか」
ネットを「自分の唯一の居場所だ」と言う。それを失うことはすなわち「死ぬこと」と同じだ、とさえ。
だが、そんなにも彼が愛着を感じ、依存していたと思われるネットのほうは彼に対してどうだったのか?
掲示板には、断定は出来ないまでも「文体などから恐らく彼本人のものと推測される書き込みばかりがえんえんと続いて」おり、他の参加者がほとんどタッチしていなかったらしい様子が伺えます。
それでも、数人の他者とスレッドの中で会話を交わしたらしい形跡はあるのですが、その会話の中でも彼はひどく子供っぽいスネかたをして「周囲の反感を買い、結局はみんなに見捨てられて」しまったようで。
つまりネットの中でも、彼は孤独そのものだったろうと思われるのです。
ネットの外の現実世界と同じく。
それでも、ネットに固執し続けた。何故か?
たとえ書き込みが見られていなくても、自分と言葉を交わしてもらえなくても、そこには常に「誰かがいる」と思えばこそ、ではなかったでしょうか。
事件を起こす直前、犯行予告とも言える内容の書き込みを、わざわざ一目瞭然なタイトルをつけたスレッドというかたちで発表したのもネットの中であり、それについて彼はこう供述したそうです。
「ネットを見た誰かが警察に通報して、自分を止めてくれると思った」
事実、このスレッドを見た数十人の人間から掲示板管理会社に対して「危ないんじゃないか」というメールが寄せられていたそうです。が、残念なことにこの日が休日で、このメールを見た会社の人間がすぐにはいなかったために、通報が遅れてしまった。
結果として、あの大惨事を止めることが出来なかった…。
これは結果論に過ぎません。この通報がしかるべく届いていたとして、本当に事件を未然に防ぐことが出来たかどうか、わかりませんし。いや、恐らく無理だったでしょう。ボディチェックのように、数千人からの人間の「心」を瞬時にスキャンできる夢の装置か何かが開発されでもしない限りは。
確かなのは、彼が何でもいいから「自分を止めて欲しい」と思っていたという事実。
犯行声明というのは大抵が「事件を起こした後」で、「自分に繋がる証拠は極力残さないように」作成し、メディアや警察等に送りつけられるものですが、今回のケースは「犯行前に」それも「逐一、自分の現在の居場所や移動ルートを明かしながら」実況中継のごとく書き込みが続けられた。
あるいは彼は、最後の最後の最後の瞬間まで、待っていたのではないでしょうか?
これから破滅的な行動に走るであろう自分を止めにきてくれる「誰か」を。
もしこのエントリを読まれている人の中に「止めて欲しいだぁ?甘えるな!」とか思っていらっしゃる方がいるとしたら、それは少し違うと思います。
今回のこの犯人の行動は悲惨な「殺人」であると同時に「自殺」でもあるからです。
(そう感じている方はきっと多いと思います)
皆さんは、自死(=自殺)に至る人間がそんなにも揺ぎ無い強固な意思をもってことを為すとお思いでしょうか?
実はそうじゃないんです。
ある精神科医の先生の著書で知ったのですが、自死を試みる人はみんな、直前まで迷って迷って、ためらいつづけて、本当に苦しんで、「助けて欲しい」というサインを周囲に出し続けて…でも届かなくて…そのあげくに行動を起こすのだそうです。
それが「未遂」に終わるか「既遂」となってしまうかは、まさに紙一重で。
実はみんな、本当に「死にたい」と思ってやってはいない。
「死にたいくらい辛い」から、「死ぬための方法を考えて」やっているのだけど、その行動の最中でさえ、心のどこかでは「生きていたい」と思いながらやっている。
たくさんの未遂・既遂者を診て来た精神科の先生はそう書かれていました。
世の中にそれこそいくらでもいるであろう、「もう死にたい…」と思っている人間と、本当に行動を起こして、自らの手で「死んでしまった」人間とを分けるものは、ほんの少しの差異と、ある種の「運」でしか無いのではないか…?
上記の文の「」の中の「死に」を、「殺し」に換えて見たらどうか?
…ハッキリさせておきますが、私は今回の事件で、この犯人を弁護しようとかいう気持ちは毛頭ありません。犯罪は犯罪であり、彼は許されないことをした。また、残念ながら被害者となった方々に何の落ち度もないことは今更言うまでもありません。
しかし、同時に私はこうも思っているのです。
彼の「自爆」ともいえる行動を止められなかった「社会」の側には、本当に非は少しも無いのか。
このような事件は、本当にどこかの段階で止めることは出来なかったのか?
彼が最後まですがり続けていたネットは、彼を救う役目などは果たさなかった。
その孤独を癒すどころか、より深く救いの無い状態に突き落としていった。
確かにたくさんの人間がネットにはいて、彼の書き込みを目にしてもいたけれど、でも、それだけのことだった。
彼のコミュニケーション能力の低級さ、を言う人々もいます。
でも、じゃあご自分のコミュニケーション能力にそんなにも自信がおありですか?
私は自慢じゃないですがリアル世界では自分は相当「性格悪い人」だと思います。
かなり低いと思ってます、自分のコミュニケーション能力。。
もしこのロフトワーク内で「もぐさんてイイ人だ」とか思ってらっしゃる人がいるとしたら、それは誤解だからすぐ改めたほうが良いです(爆)。
私は、現実世界でも概ね「自分のことしか考えていない」。
よく「人の話を聞いてない」し、「空気読まないで言いたいことを言って」しまう。
小学校くらいまでは本当に文字通り「他人の気持ちがわからな」かった。
自分のしたことで人を傷つけている、ということにも全然気づけなかった。
そのくせこの自分だけは、人一倍以上に、傷つきやすかった。
誰も自分を理解してくれることなんかは無いと思って、いつも内側だけを向いてた。
自分から他人に話しかけたり、すり寄るようなことをしたら負けだと思っていた。
馬鹿にされたり、負けるくらいなら、一人で居たほうがマシだとずっと思ってた。
でも、こんな私を少しだけ変えてくれた人がいました。
初めてアルバイトをした時、ある店で、ま~仮に「山田さん」としましょう(笑)。
年は同じくらいか、いっこ上くらいの「山田さん」という人が先輩としていました。
腰まである長いキレイな髪をしたとても美人さんで、いつもニコニコして明るくて、仕事が速くて誰からも好かれていて…私はそういうタイプはつねに嫌いなので(爆)、最初は正直近寄りたいとも思いませんでした。。
店の休憩時間も、パートのおばさんとかはみんなで食堂でおやつかなんか食べながらくっちゃべってるのが普通でしたが、私は一人でロッカールームとかに座ってぼーっとしていました。親しくない人と無理して喋るのはめんどくさかったからです。
ある時、「山田さん」が一緒に休憩に行くことがありまして。
彼女が本当に何気ない感じで、「ねえ、食堂でお菓子食べようよ。私がおごったげるから」と言ってきました。それを聞いて私は内心、心底ビックリ仰天しました。
何でこの人がそんなことを言うのか、理解できなかった。
どうして未だ親しくもない人間に、一緒にいようなんて誘えるのか?
あまつさえ自分がお菓子をおごる?!どういうことなんだこれは?
何かの陰謀か??(どんだけアホなんだ。爆)
たぶん自分の顔には警戒心とか?マークとかがいっぱいだったと思います…(笑)。
でも「山田さん」はそんなことはお構いなしで、あれやこれやと話しかけて来る。
細かい内容はもう忘れてしまいましたが…でもその会話は、不快なものではなかったことだけは覚えています。それどころか、とても楽しいものでした。
「山田さん」はこちらが答えにくいようなことは一切聞かず、上手に共通しそうな話題を拾い上げて、それをふくらませて、私のおっかなびっくり話す内容にいちいち綺麗な目を丸くしてびっくりしたり、お腹をかかえて笑ったりしていました。
「あんたって面白いね~♪」という言葉が、けっして馬鹿にした意味ではなく賞賛の言葉であると心からこちらが思ってしまうような…天性の聞き上手でしたね。
恐らくとても頭のいい人だったのでしょう。
彼女が愚痴とかを言ってるところも、私は一切記憶にありません。
自分とそう年も変わらないのに、どうしてあんなに人格的に出来ていたのか…今思うといろいろ不思議な感じもしますが。。
でも、あの人と出会って、仲良くなってもらったことで、私は少しだけ自分が「大人」に近づけた…ように思っています。
「ひとに話を聞いてもらうことがこんなに気持ちのいいことなのか」ということがわかって、それから少しは意識して他人の話も聞けるようになった、だろうから。
「山田さん」は、本当に楽しそうに他人の話を聞く人でした。
そこにうわべだけのお付き合いしてる様子や、無理して話を合わせてる感じや、こちらの機嫌を伺うような臭みとかはみじんも無くて。
自分の知らないことは知らないこととして素直にそれに驚き、感心し、新しく知ったことを喜ぶ。心が動いたことをごく自然に表情や仕草、全身で的確に表現できる。
本当に、誰の話も「感動して」聞いているようなのでした。
私はといえば、そういう「山田さん」を見ているのが心底ここち良く、「山田さん」がアンタって面白い!とお腹を抱えて笑ったり、喜ぶのを見るのが本当に嬉しかった。もっと笑わせたり、感心して欲しいと思った。
それは小さい子供が若くて優しいお母さんに「今日あったこと」をいちいち話して聞かせているようなもので。しかも、そのお母さん(つまり「山田さん」)は、けっして「今いそがしいから!」とか言わずに、いつも笑って聞いてくれるのです。
つまり、彼女は言葉の真の意味で、素晴らしい「大人」だった。
安心感、といえば良いでしょうか。
(直近の家族以外の)他者とのコミュニケーションに対して安心感を持てる。
これって、実はけっこう得がたいことだと思うのですが?
「山田さん」は、会話を通して私という人間の総体をまるごと受容してくれていたと思います。数々弱点もありつつ、でも、けっこう面白いやつだ、という形で。
そしてそのことを自らの表情でこちらに伝えてくれた。
彼女の笑顔は100も、1000もの情報をこちらに与えてくれました。
「アナタが存在することを今、私は喜んでいる」という本当に稀有な情報を…。
ひるがえってネットの世界。
そこに、「山田さん」のような人を、私たちは見出すことができるでしょうか?
ささいなことで激昂したり相手を攻撃したりしない。
自分の知らないことを素直に認めて、新しい知識や出会いを喜び、感動を表現する。
さまざまな他人の存在をまるごと受け入れて、動じず、朗らかに笑っていられる。
本当の意味で「大人」である人格。
今のところ、あまりいない…ような気がしますね。。自分を含めて(落)。
何故かと言えば、日本におけるネットが匿名性の世界であることが大きいような気がします。都合が悪くなれば、即座に関係を切れる。これでは成長のしようがない。
人間関係というのは、樹木を育てるようなものだと思います。
長い年月、雨風に耐えて、水をやり世話をし続けなければ、広い根っこを張ることも、枝葉を茂らせることも出来ない。
それをまだろくに芽も伸びきらないうちに引っこ抜いてどっかに移して…では大きく育ちようがありませんね。
また、いま植えて育てようとしている木がいったい何の木なのかもわからないのではどんな手入れをすれば効果的なのかもわかりません。
大きな木として育つためには、自覚的に誰かが手入れをしなければなりません。
放りっぱなしの草木なら、それは「雑草」としか呼ばない。
雑草では、豊かな森にはならない。
ネットは、はたして「美しい森」になれるのでしょうか?
今の日本では、そこは弱肉強食のサバンナにしか過ぎないような気がします。
「何でも居ていいよ」と言っているようで、他と違っているものは結局はじきだされてしまう。誰にも見向きされずに、乾いてしまった骨が散らばってる気がする。
迎合できない人間はいらない、というなら結局それはリアル世界と同じなのでは?
結局、「土壌」の側に育てる豊かさが無いことを露呈しているだけではないか?
私が一つ、心の底から残念に思うことがあるとすれば。
今回の酷い事件を起こした犯人。
彼がえんえんと誰も読まない「日記」をネット上に書き続けていたのだとしたら。
いっそ自分の実名を公表して書けば良かった。
そんなに寂しいのなら、もっと思い切って自分の全てをさらけ出せば良かった。
「オレ様・痛々自虐日記」とでも銘打って、もっとリアルに大々的に自分の汚点を書き連ねたら良かったと思う。やるのならとことん、徹底的に、恥も外聞も無く。
どうせ誰にも届かないと思っているのなら、なおのこと。
そうしていたら、きっと何処かの誰かが「自分とそっくりな」彼に気づいたのに。
そうしたことを、私たちは「表現」と呼んでやって来ていたのに。
自分の暗部をもっと凝視して、ろ過して、圧縮して、それを「表現」にまで高められれば、もしかしたら誰も殺さなくても良かったかもしれないのに。
あんなに渇望していた「誰か」と繋がることも、きっと出来たはずなのに。
かつてあれほど人間的に未熟だった私が幸福にも「山田さん」と出会えたように。
この広いネットのどこかに、彼にとっての「山田さん」も居たかも知れないのに。
そして、いつかは彼自身が、別の誰かにとっての「山田さん」になり得たかもしれないのに…。
何もかも、全てがもう”手遅れ”になってしまったけれど。

※つい今さっき、興味深い記事を発見したのでこちらのも載せときます
↓
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0806/12/news036.html
「総務相が、ネット上の犯行予告を検知できるソフトの開発費を来年度予算の概算要求に盛り込むと発言した。費用は数億円」という報道を受け、開発者の矢野さとるさんは、犯行予告収集サイトを1人で2時間で構築・公開した。