Blogs

寒空の下……サッカー負けた < 一覧 > 本日の空は――

短編小説。テーマは手

クリエイティブ

 ワタルは魚や蛙を採るのが好きな6年生。放課後、サッカーやゲームに誘う同級生をぜんぶ断わって、ワタルは魚を採りに行くのだ。
 家のそばを通る県道をまたぐクリーム色の歩道橋を昇る。足元に流れる車たちを見下ろしながら、手に持った二本の網を握り締めた。肩から下げた小さな水槽には、まだ水は入っていない。その代わりに、手にしたペットボトルから飲みかけのお茶が揺れる音がしていた。
 夏特有の湿気をはらんだ風が白いシャツを旗めかせる。ランドセルは玄関に置いてきた。ワタルは制服のままだ。視線を車道から歩道橋の反対側に向けると、陽炎の中に人影が見えた。同級生のタカシだ。こちらに気づくと押していた自転車を止め、うるさげに額の汗を拭った。
「ワタルじゃが。これからさ、わし塾なんじゃ。だっりーの。ワタルは行かんでいいんかぁ?」
「塾には魚おらんけぇ、行かんよぉ」
「えー! 親が怒らんの? っていうか、来年には中学じゃろ? 魚採りなんかガキのすることじゃねぇんか?」
 心踊る魚の住み家が待っている。タカシに魚採りが楽しいことを説明したい気持ちを喉の奥へと追い込んで、曖昧に頷いた。友人は手を振って、再び陽炎の中へ消えて行くのを見送った。ワタルは再び歩き出した。歩道橋を降り、造園業の石置き場を通り抜ければすぐに目的地だ。

 耳に届くのはせせらぎの音。川辺にゆらぐ萱。線の細い葉たちが織りなす音の競演。
 田園へと水を導くためのコンクリートの水路は、畦道との区別がつかないほど緑にあふれている。ワタルの肩幅ほどの水路にそって植えられた柳が、夏の陽射しを遮る影を作ってくれていた。
 木陰に入るといつもの石に腰を下ろした。首から水槽を外し、水の流れに入れた。指の間を勢いよく水が通り抜けていく。なんて気持ちがいいんだろう。しばし楽しんでから、水槽を持ち上げた。光に透かし見て、ワタルは深い感銘のため息をついた。
「虹が見えるなぁ。きれいじゃのぉ」
 呟く。誰れひとりいない木陰。聞いているのはカエルくらい。
 畔道を少し歩いて、水路が直角に曲がっている場所に立った。そこは横の水路と落差があって、底にたくさんの小石や砂利がたまっている。ごく小さな滝壷。黒い貝殻を立てて、カワニナが壁面にへばりついていた。
「さぁて、やるか」
 一つ目の網を滝壷とは反対側の下流にセットする。拾っておいた石を重しにした。網の下の部分は手で平らに変形させてある。丸い形状のままだと、小さい魚は網の届いていない角の部分から逃げ出してしまうからだ。
 影が水に映らないよう注意しながら滝壷に近づいた。水路の壁にそって一気にもう一つの手網を突っ込んだ。手応えあり。
「へぇ、ゴッパツじゃ。こいつ、やっぱ変な顔しとる」
 思わず吹き出す。ゴッパツは方言。ゴリとも言うこの魚は、砂を飲み込んでは吐き出し、中にいるプランクトンを食物にしている。砂があるところでしか生きられない。だから、ゴッパツは水槽では飼えないのだ。そのことをワタルは祖父から教えられていた。
 水に返してやると、ゴリはすぐに見えなくなった。上の水路から重力に従って落ちてくる水が泡を作っている。
「もう一回くらい大丈夫じゃろうか?」
 大きな魚は逃げただろうが、ドジョウや小さな魚は案外すぐそばでじっとしている。ワタルは手網を壁際に添って入れた。水底に溜まった砂と一緒にすくい上げた。カワニナとヤゴが二匹。それからハヤとコイが一匹づつ。網の中で高く跳ねた。ワタルは伝わってくる手応えに大きく頷いた。
 手に汗が滲んでいる。下流の網をそっとあげた。中にはドジョウが入っていた。握り締めた柄。手のひらが喜んでいた。

                 +

「なぁワタル、そろそろ行こうや」
 スーツ姿のタカシが、くつろいでいたホテルのソファから立ち上がった。
「ああ。同窓会ってさ、緊張するもんじゃなぁ。タカシはどうな?」
「別にぃ。十年じゃ、みんなあんま変わってないし。それよか、お前。今、なんの仕事しょうるん? わしは印刷会社なんじゃけど」
「え? 俺? 俺は――」
 ワタルは自分の手をそっと開いて見つめた。握り締めていた網はもうない。歳を追うごとに、あの水路には行かなくなった。けれど、網の中で魚が跳ねる感覚は、確かに自分の手のひらに残っている。指の間をさらさらと流れる水。すべてを透き通す水。あの美しかった水槽の虹。
「大田川の浄水センター知っとる? そこの水質検査しとるんじゃ」 

 ワタルは楽しかった記憶を守る担い手となった。




※ダウンロードも出来ます。
川を渡る

Comment

Comment

は必須項目

名前
email
コメント
[1]

ご訪問有り難うございました。もぐです。。
これ、掌編というんですか?素敵な文章ですね♪
魚取りの描写がとても丁寧で目に見えるようです。セリフの部分は、どちらの方言か不勉強で存じ上げませんが…すごくリアリティが出ていいものですね、方言!(警察密着24時とかのテレビで全国の交番のおまわりさんとかのしゃべりを聞くのが大好きです。なんかあったかい~☆)
そうかー、彼は水質検査をしてるのか。。その職業に至るまでの思い、とかもあれこれ興味ありますが。
こういうのは、やはり実際にお子様がいる方でないと書けないものかもしれませんね。自分もちょっと前まで少年マンガを目指してたのですが(今は少し休止中で。。)結局、女性で、しかも既にオトナである自分には、いま現実を生きてる男の子にとってのリアルをちゃんと取り出せなかった、という苦しさがありまして…。でも、こちらの文を拝見していると、不思議とまた少年を主人公にして何か考えてみたい気にもなったりしますよ☆
あれ、長くなってすみません~(汗)有り難うございました!

本橋ゆうこ2008/02/18 1:53:09

New Comments

せっかくきたのでコメント残していきますね。 お仕事...

新たな声に出会いたい

サギ草

2008/07/13

 お久しぶりです。  杜野さんのwebサイト、葉庫...

忍者ですから。

けんじろう

2008/05/23

失礼ながら杜野さんだけが3作品採用だったのは、応募...

ゲームサイトがプレオープンしました

通りすがり

2008/05/19

杜野さん、こんばんは。 展覧会をご覧になれないのは...

行けず…

ロフトワーク岩崎

2008/04/01

Blog View Ranking

1位: イラストや写真に物語を添えませんか?

貴重なイラストや...

1,390PV

神社階段

2位: 和の世界が好きです。

和の世界は私を和...

982PV

ヘッダー画像

3位: 今日は台風並み

廃品回収の日でし...

902PV

プロフィール画像

4位: 多忙という名の福音

忙しかったのには、色...

833PV

鉄橋の映る水面

5位: シナリオ3作目決定! シリーズ化も♪

おかげさまで、水...

794PV

雪降るレンガ