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[News]ゴダードよ、我々は「きぼう」にいる~日本宇宙開発物語 II

知識・情報

 優れた小説は預言のように現実を牽引していく、という例があったりします。宇宙開発もまさにその事例の一つ。世界のあらゆる土地で、WWW2以降に始まった宇宙開発の萌芽は、ジュール・ヴェルヌの小説を苗床にして育っていったといえると思います。
「ゴダードよ、我々は宇宙にいる」──これはアポロ宇宙飛行士が月に降り立ったとき
にアイザック・アシモフが言ったセリフですが、同じく、ヴェルヌよ、我々は宇宙に居る、と言うことも出来るかと思うわけです。

さて、前回のエントリの続きです。

ロケット博士
 どこの国にもロケット黎明期には皆を牽引するカリスマがいたものです。ロバート・ゴダード しかり、ヴェルナー・フォン・ブラウンしかり(まあコロリョフ がどうだったはよく知らないのですが……)。そして、日本にもいました。「ロケット博士」こと糸川英夫(いとかわ ひでお、1912年7月20日 - 1999年2月21日)氏です。
 大戦中は戦闘機開発を行っていた彼が戦後ロケット開発を提唱し、日本の宇宙開発業
 界を牽引した人物でした。焼け野原になった東京で、廃工場から始まったのはリコー
 ダーくらいのサイズの「ペンシルロケット」、それがさらに大きくなった「ベビー」
 シリーズ、そして「カッパー」「ミュー」と文部省宇宙科学研究所
 (ISAS、現在NASDAと合併してJAXAに属する)の数限りないロケットを開発し、
 打ち上げて来ました。彼が活躍したのがきっかり10年間。研究者であった彼が、その
 立場を得たのち、マネジメントに徹して研究から退き、組織を上手く回したという逸
 話は実に興味深いものです。10年の後、「おおすみ」など数機の打ち上げ失敗を期に
 引責という形で現場を退き、50の手習いでバレエを始めたという逸話も。とにかく人
 を育てるのが上手な人だったようで、逸話にも暖かな彼の人柄が良く表れた、そして
 ユニークな面を思わせる物が多いです。

走るロケット・ボーイ、追うロケット・ボーイ
 今でこそロケットは、打ち上げた後全国の観測センターで自動追尾、観測されていま
 すが、秋田県道川で打ち上げていた当時、発射したロケットを追尾するパラ
 ボラを操作してたのは人の手でした

 ロケットほど速い物を追う事が出来る装置がまだなかったのです。現代はコンパクト
 カメラにすら「手ぶれ補正」がついていますが、当時は当然そんなものもなく、デー
 タを見るとブレにブレて酷い状態。
 「追尾の練習したいんですけど、あんなに早く飛ぶものがないんですよ」
 担当の声を聞いた糸川先生が一つうなずいていいました。
 「よし分かった。みんな、走ってみろ

 ( ゚Д゚)ハ?

 「イイから、ここから一斉に! よーいドン !」
 なんだか分からないままに若手の研究者達が海岸を疾走します。
 「お、君早いな。よし、じゃ、これつけて」
 100m11秒台だった俊足の研究者が抜擢をされたのが、
 「トランスポンダを頭につけて海岸を疾走する」という役割。
 四角いトランスポンダを頭にくくりつけて砂浜を何度も疾走する彼を、ロケットに
 見立てて追尾の練習をしたってんだから事実は小説より奇なりとはこの事です。
 「よーし、そろそろ本番行くぞ。追尾準備いいか!」
 「大丈夫です!……おい、行くぞ」
 「…………オレ(ゼイゼイ)、ちょっと……無理…… orz
 この俊足のロケット・ボーイ、実験の旅にいろいろな方が抜擢されたそうですが、
 実に名誉あるエピソードの担い手。関西人的には「おいしいなあ」といったところ
 です。
 第一宇宙速度(静止軌道衛星まで到達する最低速度)が秒速7.9km。100m11秒台
 ということは秒速9m。もちろん当時のロケットは第一宇宙速度なども出しては
 いなかった訳ですが、それにしても速さはあまりにも違います。
 車で走れば良かったんじゃないのかと思いますが、戦後間もない
頃の
 こと、当然車なんてものもありません。──じゃあロケットどうやって現場に
 運んだのさ、と思われる方もいらっしゃるでしょう。
 なんと、馬車で運んでいたそうです。

失敗は成功よりも尊い
 ところでロケットと言えば火薬が詰まっていて、お尻に火をつけて飛ばすもの。ロケ
 ット花火と同じ要領です。初期のロケットは燃料が一つ限りで、それを燃やしきって
 おしまいでした。ところがそのカラのタンクは重いもの。遠くに飛ばそうと思うにつ
 れ、燃料は多段式になり、その段を燃やしきってはカラのタンクを離脱させるという
 方向にならざるを得ません。

 さて、順調に打ち上げの回を重ね、時折失敗をしながらも打ち上げるロケットは徐
 々に大きくなり、やがて多段式のロケットシフトして来ていました。飛距離、高
 度ともに上昇の一途をたどっていたことになります。秋田県の道川というところは日
 本海に面しており、このままロケットを打ち続けていれば早晩大陸に届いて国際問題
 になることは目に見えていました。
 新しい射場を探さないとなあ……という話題が出ていたちょうどその頃、カッパー8
 型、10号機(K-8-10)の打ち上げが行われることになりました。
 1962年(昭和37年)5月24日のことです。
 K-8型ロケットは写真を見る限り大人5人分の身長を積み重ねたくらいのサイズ。
 2段組のロケットです。この日道川は曇天、午後7時40分、発射のタイミングでは
 闇夜の様相を呈していました。
 秒読みがなされ、そして発射。轟音があたりをつんざきます。
 海岸には発射を見守る実験班、そして砂浜の影には取材班やカメラマン。それらの
 人々の見守る中、夜の海に向かってロケットが上って行きます。

 「……あれ……?

 見慣れた実験班の面々は眉を寄せました。
 闇夜を駆け上るロケットの光が弱い気がする。そして、上昇が遅いような──?
 「おい、あれ──」
 そのとき、上っていたロケットが不意にふわりと傾ぎました。ゆうらりと、まるでス
 ローモーションのように海に向かって吸い込まれるように落ちていく。誰もが夢をみ
 ているかのような気持ちで見守ります。そして……海に、おちるか、と思われた瞬間
 。
 ドォオオオオオン!

 ゴオッ、と音波が衝撃となって見ている者達を打ち据えました。強烈な閃光と紅蓮の
炎。
 そして、爆音。

 ──爆発──!

 実験班詰め所のけたたましいサイレン。そして燃え上がる炎に照らされた海上を、
 ロケット本体はちぎれかけた2段目をつけたまま横なぎに吹っ飛び、ざぶんと海に
 突っ込んで姿を消しました。

 「あ……」

 言葉もない面々はなすすべもなく海上を見たまま凍り付いていましたが、次の瞬間、
 文字通り息をのんで凍り付きました。

 ゴゴゴゴゴゴゴ……

 炎に照らされた海の中から、なぜか発射台から発射されるのと同じように、
 垂直にロケットがせり上がってきた
のです。ズズズズ、と海中から上って
 きたロケットが海中からその姿を現した直後、ふいにズシャン
 海面を叩くようにこちらに倒れ込み、その瞬間、ロケットに火がつきました 。

 ゴオッ!

 (゚д゚;)ァ……!
  こっちキタ━━━━(゚∀゚;)━━━━!!!!

 ッギャー\(T▽T)/ !!!!!
 いやああああ! ⊂(゚Д゚⊂⌒`つ≡≡≡!!


 海岸は逃げ惑う人々で阿鼻叫喚の有様。

 ザザザザザ──ドッガーン

 水面を割り、また砂浜を這うように低空で上陸したロケットは、傾斜になった砂浜を
 駆け上り、実験小屋の上をすっぽ抜けて背後の畑に突き刺さりました。轟音、そして
 はじけ飛んだ破片があたりの集落にまで吹っ飛び、火災。

 Σ(゚Д゚;≡;゚д゚)

 あたりは右往左往する面々と消防隊のサイレンと、海を焦がして燃え上がる
 ロケットの残骸で大惨事。少し遠距離から観測していたメンバーは全滅かと考えた
 というからその規模は相当なものだったといえます。蜂の巣をつついたような騒ぎ
 が一段落つき、海面に建っていた実験小屋を開けてみると、隠れる場所を求めた
 結果でしょう、大型クーラーの、10cmくらいの隙間に入り込もうと身体をねじ込んだ
 人々が、頭隠して尻隠さずの状態で震えているところを発見されたそうです。

 幸いにしてけが人は一人も出なかったものの、日本のロケット開発史上もっとも派手
 な事故となった事は余人の疑う余地もないかと思われます。

 この後、安全対策にことさらに注力を払うよう検討がなされ、今、たとえば種子島の
 発射場は半径2km以内が、発射の有無にかかわらず立ち入り禁止区域となっています。
 各国の射場が広い平らな土地を選ぶのに対し、日本はその後海に面した崖っぷちを発
 射状の条件としたとか。これは万が一が起きても、ロケットが海におちて、間違って
 も陸に落ちて大惨事にならないように、との配慮からだそうです。
 今、人が立ち入らない場所となったその発射状直下の海岸では、ウミガメが誰はば
 かることなく産卵を行う、有数の美しい海岸になっているとか。そのせいか種子島
 は世界でもっとも美しい発射場といわれています。内之浦の射場は種子島の発射場
 の海を挟んで向かい側。これも海縁です。ともに、とても美しい発射場といえると
 思います。

日本宇宙開発物語
とまあ、これらの話はかなり昔に聞いた話なのでちょっとうろ覚えで少しばかり表現
に脚色があるかもしれません(顔文字とか・笑)。しかしながら、こういう「小説以
上に面白い」汗と感動と涙の(?)物語が我々の知らない所にある、という事だけで
も知ってもらえたらとてもうれしい。夜空を見上げてISSは今どこかなあ、なんて探
したときに、思い浮かぶ物語が一つでも多いと尚うれしいです。

ちなみにこの話はtarget="_blank">ISASのとても素敵なコンテンツとなってサイトで閲覧する事が出来ます。

動画アリ、写真あり(写真少しお借りしました)でとても良くできたサイトかと。文章は的川先生。上記の特にカッパーロケットの話を的川先生から伺ったのはまだ学生の頃でした。口調がおかしく話がうまく、聞いている我々は爆笑しっぱなしでした。その分かりやすい口調がそのまま文章になっているので、拙文よりも軽妙に楽しく宇宙開発史を楽しめることかと思います。

──さて。これまた乱筆長文、読了ありがとうございました。


上から順に
・【手動】追尾システム
・『ロケット博士』糸川英夫
・M8-10号機
・M8-10号機、海上で点火。キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!
・m8-10号機、爆発飛散
・M8-10号機の残骸
・JAXA(元ISAS)内之浦発射場
・JAXA(元NASDA)種子島発射場『世界で一番美しい発射場』
k8-10-4
糸川英夫



k8-10-5
内之浦
tsc

それにしてもせっかく面白いエントリーを書いたつもりでも、秋葉通り魔事件の直後では台無しですね(-_-;)

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