ロフトワークのトップに、なにやらコンテストの募集があったので、面白そうなので参加してみました。
アートとしての似顔絵を追求した集大成をUPしました。
著作権や肖像権も問題ないように作った(つもり)です。
CGアートというのがよくわからない。
入選されていた、ロボットが腹きりみたいなことして、男性のものが出てきているのは「アート」だとうなずけた。
けれど、他の作品は、イラストレーションに見えた。
私はイラストレーターなので、イラストを否定しているわけではないです。
「アートではないのではないか?」という素直な感想です。
私のUPした作品がアートであるかはわからないが、
少なくともイラストではないものができたと思っている。
-アイドルの似顔絵-
「写真をそのまま描くのは似顔絵でなく、模写」
という意見を以前書いた。
私も同意しているのだが、ふと疑問が残った。
・模写+模写=模写なのだろうか?
「+」というのはアイデアで、その要素が模写であっても、オリジナルになり得るのだろうか。
もう一つは
・そのまま描くとは、どういうことか?
よく、デッサンでは「主観を排除して客観的に描け」と言われるが、
主観を排除などできるのか?という疑問がある。
・複数の写真を一つの画面に模写する。
「意識」と「思考」を排除して、絶対的な主観で描く。
ということを試みてみた。
結果は、これ。

主観でかくと、やはり模写ではなくなる。
では、客観とは何なのか?
よく分からないが、「皆が共通理解できる見方」なのかもしれない。
よい絵というのは「主観的要素」に関係していて、
上手い絵というのは「客観的要素」に関係している。
とも言われる。
主観というと、「俺が、俺が!!」
と思われるかもしれないが、
この習作のように「己を無にする」ことも含まれると思う。
そうなると、客観的な視点と同じになってくる。
私は、デッサンが下手で三浪している。(実を言うと、根本的原因は学科試験だったが・・・)
よい絵がかけていた(目指していた)のに、
先生によって客観的な上手い絵のほうに誘導され、
結果、ヘタクソでツマラナイ、全く取り柄のない絵しかかけなくなった。
ある程度デッサンをしている人なら、
「何も考えずに、自分の存在を殺して描く。」
ということも大事だと思う。
そうして見た世界は、印象派の光(厳密に言うと色)を感じるかもしれない。
デッサンというのは練習画ではありますが、
自分を消失させて、モチーフ(自然)と一つになる崇高な体験も必要だと思う。
おそらく、構造の把握が重用視される立体系では、
そんなデッサンはダメなんでしょうが・・・。