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石原慎太郎東京都知事の似顔絵を描いてみました。
-上手い絵とよい絵の違い-
とある画家の書籍に、「上手い絵は描いた枚数に比例し、良い絵は考えた量に比例する」というようなことが書かれていました。
なるほど確かに、たくさん描くとテクニックは身につきますよね。
「あえて考えない」という考えも、考えるに入るんでしょうか?
「絵が上手いですね!!」って、言われると落ち込むことがあります。
「上手い絵を目指していないんだけどなぁ・・・はぁっ。」となる。
「思想<技術」なんでしょうね、きっと。
よい似顔絵を描いてやる!!!と、意気込んでるんですが、空回りぎみ。
-似顔絵について考える-
最近は特に真剣に「似顔絵」というジャンルに取り組んでいます。
そのきっかけは「デフオルメ等人を馬鹿にした似顔絵」という言葉を似顔絵師さんのサイトで見つけたことでした。
けっこうショックでした。
「私の似顔絵は、人を馬鹿にしているのかも。」
強い自責の念にかられました。
そして、私は、誇張というものをより深く考えようと思ったのです。
ピカソの「泣く女」。ジャコメッティの人物画。シーレの女性。シュルレアリストの画家たちの人物表現。
私は、客観的な肖像画似顔絵ではなく、主観的な似顔絵を描きたいことがわかりました。
私の似顔絵は、人を馬鹿にしているのかもしれませんが、アートとして真剣に取り組んでいるつもり(つもりなだけですが・・・)です。
「人に喜ばれるための似顔絵」というものも、疑いを持っています。
似顔絵がアートでなければ、それでよいと思います。
けれど、似顔絵がアートであるならば、「人に喜ばれる」という目的は、不純に思えて仕方ありません。
人に喜ばれるか、喜ばれないかというのは結果であって、それを目的にするのは、肖像画や商業アート、商業デザインなのではないか?
私も、似顔絵をイラスト(<デザイン)として描かせて頂くことはあります。
しかし、それは(私の考える)アートではなく、イラストです。
「純粋に己の美を追求し、現在の価値を、己を破壊し、新しい美を開拓する」
アートには、ある種の革命性がなければならない、と勝手に思っています。
商業似顔絵でもない、肖像画似顔絵でもない、アメリカンのカリカチュアでもない、そんな似顔絵を目指しています。
・・・とそんな理想を、打ち砕かれる毎日でございます。
2008/07/25
16:11
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