未来・過去
「自分は何者なのか?」
それは死ぬまで分からないと思いますが、ひとつ発見がありました。
野球を観ていて、自分との「関係性」を見つけられたのです。
私はピッチャーで、それも左投手。球はそんなに速くないけれど、コンロールはいい。どっちかというと中次ぎ。
監督がいて、キャッチャーがいて、バッターがいて、観客がいる。
そんな光景が、今の私の姿とダブって見えたのです。
そう言えば、ハンドルネームを「小技(こわざ)」にしたのも、プロレスの小技からとったのでした。
必殺技よりも、小技。パワーボムよりも、ボディスラムを大切にしたい。という思いがありました。
サッカーだったら、DM(ディフェンシブ・ミッドフィルダー)。守りながらもシュートにつながるラストパスを決めたい。
バスケットボールだったら、セカンドガード。ガードをサポートしながらスリーポイントを狙う。
スポーツから、今の自分のポジション(座標)を見つけられたような気がします。
きっとファンタジー小説からでも、自分との関係性を見つけることはできるでしょう。
それは、ファンタジーが現実に昇華できた瞬間です。
その瞬間、ファンタジーの本質に近づくことができるのかもしれません。
「それはデザインではない、アートだ!!」学生時代のプレゼン中に教員から言われた一言を思い出しました。
この一言は、「それは野球ではない、サッカーだ!」と言われたに等しいのかもしれません。
今考えると「野球」も「サッカー」もスポーツであり、球技であり、団体競技であり、同じ要素は限りなく多いのだと言えます。
デザインとファインアートを分離し関係性をなくしてしまうより、デザインとファインアートとの関係性を見つけることのほうが私にとっては重要なことでした。
その関係性は、縦軸、横軸のようなニ次元的なものではなく、三次元の空間として見えてきます。
それが「野球のフィールド」だったのです。
当時私の考えるデザインとは、ビジネスワークではなく、ライフワークでした。
「蜘蛛が巣を作る行為」と変わらなかったのです。
それをアートというならば、アートなのでしょう。
「自分は何者なのか?」という答えにはなりませんが、自分が何処にいて、何処へ行くのかが、少しだけ見えてきた気がします。
そして、今はアートというフィールドに、ビジネスワークとしてのイラストレーター、ライフワークとしてのデザイナーというバランスが私を支えているのだと思います。
2008/04/16
14:26
コメント(0)
閲覧(571)
デザインとアートとの関係性ビジネスワークとライフワーク