なのでしょうか?
単に「日本政府にとって扱いやすい歯車ではない」だけなのではないかと思ったりします。
私は、小学生時代、今で言うADHDの症状?がありました。
先生の存在を肯定できなかったからです。
私は子供ながらに、洗脳されていると感じていました。
それは、矛盾を感じたことについて先生に問うと「屁理屈は言わない」「どうして素直になれないの?」と、怒られるからでした。
全ては仮定でしかないのに、あたかもそれが真実であるかのように語り、そしてそれを強制する。
そんななか唯一救われたのは、絵でした。
絵は答えを問われることもない。
そんな世界に今いられることは幸せだと思います。
日本テレビで「幼稚園のお絵描きで意味のわからない絵(制作意図のわからない絵の意)を描くことはしなかった子」というエリート?中学生が出ていました。
それを見て私は「(日本社会にとって)意味のない絵」が好きなことを再認識できました。
意味のないことをし、意味のない絵を私はこれからも描き続けたいです。
それが私にとって意味のある行為だからです。