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石田衣良/東京DOLL < 一覧 > 自分が四人いたら

滿月の夜

その他


「やあ、來たね」

或る滿月の夜、僕は寄宿舎で同室だつた倫に學校の裏の大池の畔へと呼び出された。
「どうしたんだい、こんな時間に。」
「良い物を見せてあげようと思つてさ。」
見れば彼は本を讀むときにしか使はない眼鏡をかけ、制服の上から白衣を羽織つて手には硝子の小瓶を持つてゐた。
「それで先生、一體何を見せてくれるつて云ふのさ?」
「よせやい、先生だなんて。」
「いや先生だ、まるきり。」
實際數年間休學して海外へ留學してゐた倫は僕よりもいくつか年上で、見慣れないその出で立ちはさらに彼を自分よりも目上の者だと意識させてゐた。
いつものやうに呼び捨てで良いよと云ふと、倫は手の中の小瓶に池の水を汲み取つた。
「かうやつて、滿月が映つてゐる處を掬うのがこつなんだ。」
そしてその瓶を僕に手渡すと、圖書館の方に歩いていく。僕は慌てて後を追つた。

何故だか倫は圖書館の合鍵を持つてゐる。古びた鍵穴に似合はぬ、綺麗な裝飾が施されたまだ新しい鍵だ。
きつと管理人の目を盜んで合鍵を作つたに違ひない。
鍵を差し込んで回すとカチリと乾いた音がして扉は開いた。
見慣れた本の竝びを拔けて、一番奧の僕がまだ入つた事のない扉に辿り着く。
「ここが僕の實驗室なんだ。」
「實驗室?!」
倫が圖書館に入り浸つてゐる事は知つてゐたが、こんな處に實驗室まで構へてゐるなんて知らなかつた。むしろ本ばかり讀んでゐる文系人間で、實驗だなんて對極のイメージだつたのだ。
中へ入るとそこには、無造作に積み上げられた本の山と、何かを只管書き綴つたレポート用紙、そして夥しい數の試驗管やビーカーなどの實驗器具でいつぱいだつた。

「いいかい、これはちよつとした見物だからね。嫌でも君は今日の日記に書きたくなるだらうよ。」
惡戲つぽく笑つた倫が一つのフラスコを手に取つた。
「ここに、さつき採つて來た水を入れるんだ。」
促されるまま、僕は底が平らになつた三角フラスコに池の水を注いだ。
「さうしたら次はこれだ。何だと思ふ?月の砂さ。」
さう云ふと倫は胸のポケットからさらに小さな瓶を取り出してみせた。確かに中には黄色の、いや、月のやうな黄金色の、きめ細かな砂が入つてゐた。
しかし本當にそんな物があるのだらうか?確かに人類は月へ行つたし砂や石を持ち歸りもした。だけどどうしてそんな物を倫が持つてゐるんだ?
僕は疑問だらけだつたがもうすつかり夜の不思議な雰圍氣に當てられてしまつて、質問しようなんて氣はさつぱり起こらなかつたのでただ成り行きをじつと見守つてゐた。
「混ぜる分量と、タイミングが大事なのさ。」
さう言つて倫はフラスコの中に砂を少しづつ流し込んだ。
「さて、掻き混ぜてご覽。」
僕は手渡された硝子棒で砂と水を混ぜようとしたが、まるでセメントでも練つてゐるかのやうに重い。
「まだまだ、根氣よく續けるんだ。」
次第に手應へは輕くなつていく。終ひにはまるで空を切つてゐるだけのやうに何の手應へも無くなつてしまつた。

「いよいよはぢまるぞ。」

次の瞬間、フラスコの中でぱあつと何かが光り輝いた。硝子棒の廻轉に合はせて光はくるくると回つてゐる。やがてフラスコは光に滿たされて、もう砂も水も見當たらなかつた。

すつかり驚いた僕は、回すのを止めてただぼんやりとその光景を眺めてゐた。
すると光は、回りながら硝子棒を傳つて上昇し始めた。
そして、フラスコの口まで來たとたん、ふうつと霧だか靄だかのやうな物になつて消えてしまつたのだ。
「・・・今のが、見物つて奴かい?」
僕はさう呟くのが精一杯だつたが、倫はまだまだと首を振る。
その時、僕のポケットの中でカチン、と何か固い音がした。
ポケットに何か物を入れてゐた覺えの無い僕は慌てて手を入れて確認する。と、そこにはさつきの光を固めたやうな黄金色に輝く硝子玉が二つ、入つてゐた。

「滿月のぎやまんだ。」
さう云つて倫は、目を細めるやうにして、微笑んだ。

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お絵描き屋さんという名のフリーイラストレーター(実は何でも屋)

『好』と書いて『ハオ』と読みます。お間違えなく。 フリーイラストレーター(実は何でも屋)です。 かわいいイラスト、毒入りイラスト、他の誰にも似ていないオリジナルあります。 ドール服デザイン、制作、写真撮影、写真加工も少々。 今に立体造形にまで手を出しそうな気配が。

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