北川フラムインタビュー:アートが照らし、ITで発信する地域の力


越後妻有地域(新潟県十日町市+津南町)を舞台に、2000年より3年に1度開催される、世界最大の国際芸術祭「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」(以下、大地の芸術祭)。
4度目を迎える今年、アートで地方再生をもたらすこのイベントに、ロフトワークも協力することが決まりました。開催を前に、ロフトワークの林千晶が、総合ディレクターを務める北川フラム氏に、大地の芸術祭に込める思いを語っていただきました。
「大地の芸術祭」のはじまり

林千晶(以下、林) 私たちロフトワークのメンバーが大地の芸術祭を知ったのは、4年前に社員合宿でアート作品のひとつで、ゲストハウスとしても使われている「光の館」に宿泊したのがきっかけです。その後に、妻有の各地に点在するアート作品も見てまわりましたが、「こんな面白いことを誰がやっているのだろう!」と驚いたことを覚えています。
すっかり虜になってしまい、妻有での社員合宿は昨年で3度目を数えていますが、その間に大地の芸術祭の運営に関わる方々とも知り合い、「アートを通じて、地元と世界中のさまざまな人々が関わりあいながら、妻有地方の活性化を図る」という、大地の芸術祭の理念にも強く共感しました。
これは、「日本のみならず、世界中のクリエイティブを流通させたい」という、私たちの考えにも通じることです。第4回目を迎える今回は、大地の芸術祭のグッズデザイン公募を通じて、日本全国のクリエイターの参加を促すだけでなく、Webを中心としたITの力で芸術祭のお手伝いをしたいと考えています。

北川フラム氏(以下、北川氏) 「それは、ありがとうございます。何でしたら、もっと入り込んで欲しいくらいです(笑)。大地の芸術祭は、地域再生の道筋を築いていくことを目指す『越後妻有アートネックレス整備事業』の成果を発表する場として、2000年から3年ごとに開催してきました。スタッフやサポーターの多くは素人ながら、芸術祭の開催に向けて頑張ってきたと思います」
林 現在は、今年開催の第4回目に向けて、着々と準備が進んでいるようですね。まずお伺いしたいのは、大地の芸術祭はどんな思いで始められ、また継続なさっているのかということです。

北川氏「根底にあるのは、過疎化が進みプライドを失いつつある越後妻有地域に対する危機感と、20世紀以降の日本の都市中心型社会への警鐘です。越後妻有は1500年にわたり、米作りといった農業を通じて大地と関わって来た地域で、平地が少ない山間部ながら棚田を形成して高品質の米を作り出すなど、今日までの日本の成長に、深く貢献してきたといえるでしょう。
ところが、効率一辺倒に傾く時代のなか、こうやって頑張ってきた人々が過疎化、高齢化、国による農業切り捨てにより、見捨てられることになりました。近代になり、労働や教育を求めるため都市に人口が流失するのは仕方のないことかもしれません。ですが、減反政策をはじめとする多くの国策は、越後妻有の人々の自信と誇りを失わせてしまったのです。さらに今は『最新の情報に最短でアクセスできること』を最上の価値観とする風潮があります。これではおのずと、社会は都市中心型になり、反対に、東京など都市部から距離の離れた地方は『非効率』のレッテルを貼られてしまいます。
大地の芸術祭は、こういった風潮に対するアンチテーゼ、祖先伝来の生活や文化・アイデンティティを失った地域を再生するための足がかりとして始めました。ただし勘違いして欲しくないのは、芸術祭は都市部、地域の方々のどちらかではなく、両者にとって意義ある存在でなければならないということです。
これは思惑通りで、協働を通して都市の人々はふるさとを得て、地方は里山や農業といった地域の財産に対するプライドを取り戻すといった、プラスのシナジー効果を実現しています。なかでも、『こへび隊』と呼ばれる、都市部の学生が中心のサポーターたちは、『都会の』『得体の知れない』『若い』という、妻有の土地性とは反対の性質も持ちつつも、アート作品を理解していない、つまり、アートのプロフェッショナルではないという点が地域との共通項になり、多くの協働のきっかけになりました」
なぜ「アート」なのか? 大地の芸術祭がもたらした効果

林 大地の芸術祭には、地域再生だけではなく現代の都市型社会に対する疑問も込められているのですね。なぜそのフックが「アート」だったのでしょう?
北川氏「地域の財産である里山や農業を見せるには、アートが適していると直感したからです。大地の芸術祭では、アーティストたちは棚田や建築物といった、地域に内在していた価値をアートを媒介に掘り起こして、その魅力を高めています。その土地にゆかりの無い他者が制作したアートが映えることで、地域のさまざまな側面も見えてきました。
ところが当初、他者の土地にものをつくるということに対しては、地域の議員をはじめ多くの住民から猛反発を受けました。『過疎地で農業を守ってきたお年寄り』に対して、『都会的な現代芸術、それも人の土地にものをつくる』というのですから、当然かもしれません。地域づくりとはそもそも排他的で、地元でやればいいという見方がいまだあります。ところが、他者が入らなかったからこそ、悲惨な窮状になったのも事実です。それを変えなければいけないと思いました。

他者が入ることで生まれたのは、相互理解とコミュニケーション、さらに協働でした。アーティストは閉鎖的な性格を残す地域に入り込み、住民に挨拶することから作品制作を始めます。ある場所で何かをつくるには、その場の所有者や関係者に了解をとらなければならなく、コミュニケーションなしで作品はつくれないのです。
ですが、住民と触れ合うことで、アーティストは地域の歴史やコミュニティ、文化を考えるきっかけになり、住民も彼らやこへび隊の働きに呼応して木を運んだりと手伝いを始めました。アートとは、ともすれば面倒で、手のかかる赤ん坊のような存在ですが、それを媒介に色んな人がつながり、協働関係を生みだしたのです。
それに、写真では伝わりきらないアートのリアルさは、現場に人を誘導する力を持っています。多くの方が来て、越後妻有を知ってもらうことが、地域再生の足がかりになるのは言うまでもありません」
林 地域のお年寄りやお母さん方が元気になったとも聞きます。私たちが妻有を訪れたときも、目の前の食事に手を出すのがためらわれるほど、たくさん話しかけていただきました(笑)。
北川氏「よく耳にするのは、『大地の芸術祭がなかったら、私たちはどうしていただろう…』という言葉です。つい先日も住民説明会の席で、『作品を見たけど、現代アートなんて分からない』と口にしたおばあちゃんがいました。
私が答えたのは、『そうやってアートを見て疑問でも何でも言えることが大切。質問するのは元気な証で、そういったフックをアーティストが作っていると思えばいいのではないか』ということ。アートがなければ、そんなことすら思わなかったはずですから。
それに、ひとつひとつ異なる作品に接することで、一人ひとりの人間だって違う存在なんだ、個性があると分かるのではないでしょうか。そんな存在意義がアートにはあると思います」

越後妻有が目指すもの、社会に示そうとしている理想、夢

林 芸術祭という枠を越えて、地方だけではなく都市部の人に対しても存在感を主張する大地の芸術祭ですが、今後は何を目指していきますか?
北川氏「アートの場を見せる力、場を蘇らせる力、人と人、人と土地をつなげる力により、越後妻有は元気を取り戻しつつあります。大地の芸術祭はこういった、切り捨てられてきた地域の再生、地域振興といった当初の目的を遂行すると同時に、地域自立の可能性を模索する場でもあると思います。
現状では多くの地方は過疎化が著しく、都市部の厚遇に対して圧倒的に酷い惨状です。そんな環境で自立するのは無理と思われるかもしれませんが、芸術祭を通して可能性を探し続けることは大事でしょう。
また、大地の芸術祭には多くのボランティアが参加していますが、こういった活動を普遍化するという道も忘れてはなりません。グッズなどをつくることも、そのひとつでしょう」
林 今回はロフトワークもクリエイターを巻き込んで、さまざまな形で大地の芸術祭に参加します。北川さんは地域活性とアートを結び付けましたが、私たちはそこにITも加えて欲しいと願っています。ブログを使って、元気なおばあちゃんの声を届けるとか、ネットと連動させれば、越後妻有で起きているムーブメントをもっと加速させることができるではないでしょうか。
北川氏「そういった活動も、祭りの普遍化を目指す方法のひとつでしょう。ネットや携帯のいいところは、もっと吸収していければと考えています。
いまの日本のあり方について『これでいいの?』という疑問を持つ人がいることに対して活動を続けていくこと。それも大地の芸術祭の意義です。簡単ではありませんけどね(笑)」
林 今後が楽しみです。本日はありがとうございました。

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