Tequila Valley: メキシコ・IT辺境の地で出会った、フロンティア・スピリット

今年1月にメキシコを旅して、非常に多くの方との出会いと体験の機会に恵まれました。
今回は、その旅の中で出会った、Tequila Valley というテクノロジー系の若者達が集まるコミュニティをご紹介したいと思います。

Tequila Valleyは最新の技術やウェブ情報、オープンソースなどについて教えあうために立ち上がったばかりの新しいコミュニティです。今後、メキシコの国中で様々なカンファレンスや授業、ミーティングなどを開催する予定です。メンバーは現在500人程度で、毎日参加者が増加中。
この2月にTequila Valleyが初めて主催したBarCampMexico2というイベントには約200人が集まり、コミュニティの結束も高まり大成功だったといいます。

Bar Campの様子 (Photo (c) Laura Hoyos)

Bar Campに向かうバスの中(Photo (c) Laura Hoyos)
Tequila Valleyのサイトには今もメキシコ各地の楽しそうなイベントの記事が アップされています。
中でも最近盛り上がったイベントはBUAPで、たくさんの学生達が興味を持ってくれたとのこと。

若い企業が育たない、メキシコのIT事情
Tequila Valleyが誕生した背景についてご説明するためにも、メキシコのインターネット事情について少しご紹介しておきます。
旧国営電話会社による独占状態
Internet World Statsと、eMarketerのデータによると、メキシコの人口は約1.1億人、うちインターネットユーザは2,740万人(2008年12月現在)で普及率は24.9%。ユーザーの中でも、インターネットカフェでネットを利用する人が多いと聞きます。携帯電話の普及率は2008年末現在で70%ですが、使っているアプリケーションとしては通話かテキストメールが中心と、まだまだモバイルの活用は発展期といったところのようです。
メキシコは、ちょうど10年ぐらい前にNTTやNTTドコモが独占していた時代の日本に似ていると思います。まず固定・携帯の通信会社ですが、旧国営電話会社TELMEXとその関連企業である携帯電話会社telcelがほぼ独占状態。TELMEXはシェア90%、telcelはモバイルのシェア80%を誇ります。
また、TELMEXが販売している固定電話とインターネット接続のパッケージのブラウザの トップページは、初期設定でMSNになっているそうで、初心者ユーザはそのまま同じ環境で使うためMSNにトラフィックがどんどん流れていくという構図です。
メキシコIT業界の支配構造
メキシコのIT業界が一部の企業による独占市場を保っている理由の一つに、メキシコでは目立つと叩かれる、成功者は妬まれる、という傾向があります。 短い期間で成功をおさめるようなベンチャー企業は、様々な方面から攻撃を受けてしまいます。そのため、メキシコのIT業界で「そこそこ成功している」起業家たちは表舞台に出てこないそうです。
今回の旅で、メキシコで「そこそこ成功している」、一人のIT起業家にお話を伺う機会がありました。彼曰く、競合はほぼ全ていなくなって、生き残っているのは自分のところだけ。他社はみな資金がつきてつぶれてしまったと言います。彼自身は両親が事業家で裕福だったため資金の心配をせずに事業に集中できたのですが、一般的には若く優秀な起業家にチャンスを与えるためのエンジェル投資家やベンチャーキャピタルのような存在は、メキシコには殆どいないのが現状とのことでした。

(Photo CC-BY José Cruz/ABr)
メキシコで唯一、例外的な「目に見える成功者」といえば、冒頭で紹介した通信会社のtelcelやTELMEX、そして América Móvil の株主であり、メキシコを含むラテンアメリカの通信業界に多大な影響力をもつカルロス・スリム (Carlos Slim Helú )氏。Forbesによれば、ビル=ゲイツ、ウォーレン=バフェットに次ぐ世界第三位の大富豪です。
TELMEX民営化の際にフランス・テレコム、SBC(現AT&T)と組んで同社を落札し、その後も通信株を買い続けることで「通信王」となり、メキシコ政界に顔の利く「成功者」になったわけですが、これは若いエンジニア達のロールモデルにはなりえない。
また、メキシコでは舶来礼賛の傾向があり、メキシコ発のネットサービスで流行っているものは殆どなく、Facebook やMySpace のような米国発のサービスが使われています。日本では言語の問題もあってFacebookやMySpaceのようなサービスは流行らず、日本独自のmixiやgree、モバゲータウンのようなサービスがユーザを増やしていったわけですが、メキシコでは、開発者のアイデアやオリジナリティが発揮されたサービスが、まだまだ生まれにくい状況だということができそうです。

Tequila Valleyのメンバーと (Photo (c) Laura Hoyos)
これらの状況を見れば、メキシコのIT業界が一部の有力企業に支配された閉鎖的、かつ強固な格差社会であり、若いIT起業家たちにとっては、成功するのが非常に困難な世界だということがよくわかります。成功者はどこかにいるのだろうけれど、見えない。国内のロールモデルから学ぶことが、難しい環境。
そんな状況の中で「メキシコのIT業界を活性化させよう、競争によるITの進歩を促進させよう」と、立ち上がった草の根テクノロジー系コミュニティが Tequila Valleyなのです。
IT教育がないなら、自分たちでつくりだそう
彼らが立ち上がった背景には、メキシコ国内における、IT教育現場の深刻な状況があります。
前出の「そこそこ成功しているIT起業家」は、両親が共にIT系の仕事に就いていたため、若い頃からプログラミングをする機会に恵まれ、大学もコンピュータサイエンスを専攻しました。しかし、実際に授業が始まって唖然としたといいます。大学の、コンピュータサイエンス専攻の授業だというのに、最初の授業が「パソコンの使い方」や、「エクセル・パワーポイントの使い方」。カリキュラムに「プリントアウトの仕方」と書いてあるのを見て、彼は大学の中退を決め、独立したそうです。
IT技術の進歩のスピードやネット上の情報量に、教育が追いついていないのです。Tequila Valleyでは、より高いレベルの知識を学び、教えあいながらメキシコの技術者レベルをもっと高めていくことを目指したい、といいます。
彼らはいまだにWeb2.0という単語を使います。実は、メキシコのネットユーザ達はあくまでコンテンツを消費するだけで作る側に回らず、これまでUGC(User Generated Contents)があまり流行っていませんでした。(ちなみに、ブラジルではユーザーにネット環境を与えると消費するよりも自分のコンテンツをどんどんアップロードする傾向が強いそうで、お国柄が出ます。)
「今、目の前で何か事件が起きたとすると、アメリカ人や日本人はすぐに携帯で写真や動画を撮ってFlickrやYouTubeにアップするでしょう?メキシコだとみんなふーんと見て、それだけなんだよ。」
そんな状況からTequila Valleyに参加した人々がどんどんFlickrに写真をアップするようになったことを考えると、彼らの”Web2.0の啓蒙”の効果が如実に現れているのではないかと思います。
ラテンの明るさとパワーで、苦境を吹き飛ばす!

(Photo CC-BY-NC-ND by Fumi Yamazaki)

(Photo CC-BY-NC-ND by Fumi Yamazaki)
彼らを取り巻く状況は非常に厳しいにもかかわらず、Tequila Valleyの面々は非常に明るく、前向きです。私が訪問した時は、メキシコシティの市内を案内してくれたり、ガリバルディ広場でミュージシャンを雇って歌を歌ってくれたりと楽しく大騒ぎ。
そして夜になるといきなりレストランの一角を占拠し、IT関連について毎週特集をしているネットラジオに接続。レストランからMCとしゃべり始めてしまいました。私もいきなりヘッドセットとマイクを渡されましたがスペイン語がわからない!「日本から来たけど何か質問ある?」形式で通訳してもらいながら少ししゃべってみました。
成長を続けるコミュニティは、メキシコのITに光をさす

(Photo (c) Laura Hoyos)
これからの活動・活躍が楽しみなTequila Valley。
日本でも10年ぐらい前にBit Valleyというコミュニティがありました。第一回の会合は雨が降る中、渋谷のテラスで開催され、屋根がある端っこをみんなで肩を寄せ合いながら自己紹介し、情報交換しあい、夢を語り合ったものでした。そんなことを、メキシコの若者達と遊びながら思い出しました。
メキシコのIT状況は難しいけれど、こんな若者達から始まった草の根運動がどんどん広がって底上げされていくのを見守っていきたいと思います。
最後にTequila Valleyについてインタビューを行ったビデオをご覧ください。
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